人の心に灯をともす 3915 武器は走りながら拾え!

【武器は走りながら拾え!】3915



ニューヨークBIZ発行人兼CEO、高橋克明氏の心に響く言葉より…


…ニューヨークはマンハッタンで、東海岸最多発行部数を誇る日本語新聞を発刊し、最多アクセス数のニュースサイトを運営、同時に日本からのイベントプロモーション、米国進出サポート事業を展開するマルチメディアカンパニーを経営しています…

そう自己紹介すると、特に日本のみなさんは僕のことをエリートだと誤解してくれます。

アメリカの大学を卒業、MBAなんかを取得し、TOEICやTOEFLでもハイスコア、日々ビジネス英語を駆使して、現地のニューヨーカーたちと商談している…そんな、優秀でバリバリの「スーパービジネスマン」だと。


バレる前に実際のところをカミングアウトすると、正体はまったく違う、むしろ真逆のタイプの人間です。

瀬戸内海の片田舎で育ち、学生時代はケンカに明け暮れ、テストなんてまともに受けたことがない。

MBAどころか、浪人してやっと入った日本の私立大学をたった4ヶ月で中退し、そこからフラフラとフリーター生活を開始。

新聞配達、テキ屋、ホスト、怪しいケータイ電話販売など実に30職種近いアルバイトを転々としては、その日暮らしで食いつないでいた20代でした。

TOEICやTOEFLは存在すら知らなかった。



エリートどころか、完全に落ちこぼれ側の人間でした。

今でも本質は変わっていません。

TOEICやTOEFLの違いは未だに厳密にはわからない。



それでも今、世界の中心といわれる街のど真ん中にオフィスと自宅を構え、日々この街の最新事情を最先端で取材し、あらゆる国籍の人たちと商談し、365日24時間、これ以上ないほどの刺激的な生活をしています。

日米の政界、財界、芸能界、ビジネス界のトップ中のトップと仕事をし、「え?この人、今、オレとしゃべってるの?ウソだろう」と思う毎日です。


幼少の頃から「死ぬまでに一度は生で見てみたい!」と憧れたハリウッドスターやメジャーリーガー、思春期に誰よりも影響を受けたアスリートやアーティスト、社会人になってから尊敬してやまない経営者や文化人の方々とは、ひとり残らずご一緒しました。

本当にひとり残らず、です。


渡米するまで海外留学の経験どころか、海外旅行はおろか国内線の飛行機すら乗ったことがなかった僕が、なぜ、12歳のとき、みんなで書いた七夕の短冊に「将来は、ニューヨークでジャーナリスト」と願ったそのままの人生を、あるいはそれ以上の人生を歩めるようになったのか。

それはたったひとつのことをしたからに、他なりません。

それは、自己啓発セミナーに出席し続けたからでも、特定の宗教に肩入れして拝み倒したからでも、毎日、決まった時間だけ日本経済新聞を読み続けたからでも、ありません。

流行りの「ウィンウィン」だの「ポジティブシンキング!」だの「ブラッシュアップ!」だのを口癖にしたからでも、異業種パーティに顔を出し続けて名刺を配りまくったからでも、ない。

僕がした本当にたった、ひとつのこと。それは、


「行動した」ことでした。


「はぁ?」という声が聞こえてきそうです。

「何を当たり前のことを」と言われるかもしれません。

セミナー参加も立派な「行動」じゃないか、と。


果たして、そうでしょうか。

僕がここで言う「行動」とは「インプット」のことではありません。

「アウトプット」のみを指した言葉だと思ってください。

具体的な夢に向かって行う、直接的な体現方法のみのことを指しています。


27歳のとき、ニューヨークにコネどころか、知り合いさえひとりもいない状態で、ビザとパスポートの違いもわからない圧倒的準備不足のまま、七夕の短冊に書いた「第一希望」の夢だけを胸に渡米した。

第2希望や第3希望の夢を捨て、その結果、第10希望くらいの人生に落ち着くかもしれないけれど、それでもいい、ただ、実現すると決めて生まれて初めて飛行機に乗った。

そこには、自分に才能があるかないかすら、関係なかった。

アメリカに飛び立ったあの日が、僕にとっての究極の「アウトプット」だった、と今でも思っています。


日常の生活や普段の仕事でも、満足のいかない現状を劇的に変えるのは、多少のリスクを背負った「アウトプット(行動)」しかないのではないか、と思っています。

日めくりカレンダーのありがたい言葉に納得しているだけでは、何も変わらない。

ニューヨークに来て、日本との違いを一番実感したのは、人々の「インプット」と「アウトプット」のバランスでした。


日本は、国民全体が一定の教育を身につけていて、それは世界に誇れることだと思います。

その一方で、情報は必要以上に溢れ、普通に生活しているだけで、望む望まないに関わらず、あらゆる知識、教養がインプットされていく。

サブカルチャーの裾野は広がり、次から次へとトレンドを追いかけなくちゃいけない空気が蔓延し、半年前の流行語を口走っただけで、周囲から白目で見られる圧力に疲労している。

情報の海を泳いでいるつもりが、いつしか、その情報に溺れてしまっていく。

それが今、僕が外から母国を俯瞰(ふかん)した印象です。


世界では、とんでもない(愛すべき)バカに会うことがあります。

本当に、頻繁に(笑)。

日本では、なかなか出会えない、そんな超越的な彼らに会うたび、日本人の多くが今、「インプット」のしすぎなんじゃないかとさえ感じてしまうのです。


人は「生涯勉強」ではあるけれど、それは「インプット」のみを指している言葉ではないはずです。

それだけ頑張って得た知識や人脈を、いつ、どこで使うのか。

世界はもっと、行動しています。


特にニューヨークは、夢を追って世界各国から来た人間、あるいは命がけで母国の内戦や差別、貧困から逃れてきた人間が、新しい人生を作るため、ひしめき合い、競争し合っています。

言葉もままならないまま、「行動力」だけを武器にして。

その極意をひと言でいうなら、


…見る前に飛んじゃえ…


アメリカには「leap on faith」という言葉があります。

この国で暮らしていると本当によく聞く言葉です。

直訳すると「運命に(on faith)飛び込もう(leap)」。

宗教的な深い意味合いもあるみたいなのですが、一般的には、「まずは、やっちゃおうぜ!」とか「とりあえず、スタートしてみよう!」みたいなときに使います。


そう、「見る前に飛んじゃえ」くらいな感じです。

僕はそれを実践しただけに過ぎない。

言葉やスキル、資格は、ニューヨークに渡ったあと、走りながら身につけていきました。


インターネットの発達以降、世界の流れはどんどん加速しています。

そのスピードのなかでは、インプットしすぎているうちにチャンスは流れていってしまいます。

動き始めるための最低限のスキルはすでにあるはず。

なにより知識や教養なんて青天井、100%なんて存在しないから、いつまでも追いかけることになる。

そうなる前に…。


氾濫している、“有益チック”な情報をかき集めることも、流行りの「自分探し」のための「自分探し」も直ちに止め、本棚に並んだ自己啓発本をすべて処分し、まずは本当に自分のやりたいことを自分に聞き、そして、そこに飛び込んでみよう。

準備はいらない。

あなたを含め、この本を買ってくれる誰よりも、落ちこぼれであったと自信を持って言える僕は「行動したこと」だけで、人生をすべてひっくり返しました。

次はあなたの番です。

「見る前に飛ん」じゃって、「武器は走りながら拾え」、ばいい。


『武器は走りながら拾え!』ブックマン社





中国の朱子学の考え方の一つに「先知後行(せんちこうこう)」がある。

先知後行とは、先に正しい知識を得たのち、それをもとに行動しなさい、という考え方。


それに対する概念として、王陽明は「知行合一(ちこうごういつ)」を唱えた。

知識と行動は、分けることのできないものであり、表裏一体であるとの考え方だ。

本当の知とは実践を伴うものであるということ。


正しい知識や思想を得るために、まずは勉強しなければいけない、という人は多い。

今の学校教育がまさにそれだ。

知識を得るのがいけないと言っているのではない、ただ頭に知識を詰め込むだけ詰め込んで、それをアウトプットしない人が如何に多いかということだ。

本来は、知識と行動というアウトプットは表裏一体のもの。

準備もなしに「とにかく走り出せ」というのは少し乱暴ではあるが、現代人はそのくらいのスピード感でちょうどいい。


薩摩には、西郷隆盛や大久保利通らをつくり上げた、郷中教育というのがあった。

その中にこんな言葉が残されている。

「泣こかい 飛ぼかい 泣こよか ひっ飛べ」

高いところから、飛び降りようかどうしようか迷って泣く子供に向かって、「泣くくらいなら、サッサと飛び降りろ」と言ったのだ。

ぐずぐず考えてないで行動しろ、ということだ。


「地球は行動の星」

ぐずぐず考えていないで、さっさと行動できる人でありたい。





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