人の心に灯をともす 6138 「ときめき」は免疫力や自然治癒力を高める
【「ときめき」は免疫力や自然治癒力を高める】6138
医師、帯津良一氏の心に響く言葉より…
免疫力や自然治癒力を高めるために心のときめきほど大事にするものはないということは、随処に述べてきた通りである。
認知症とがんの予防法がよく似ているのには、初めは驚いたが、ともに人間まるごとの病であることを思えば当たり前のことなのだ。
どちらもその予防法の最右翼は心のときめき。
そこに人との関わりが加わると、その効果が倍加するようだ。
そして、ときめきと交わりを結びつける最高の演出家は、なんといっても酒である。
60代になって、功成り名を遂げて、定年退職をした高校時代、あるいは大学教養学部の友人がぽつりぽつりと訪ねてくるようになった。
私のような開業医には定年はない。
きっと死ぬまで働き続けるのだろう。
もともと仕事好きだから、定年を迎えた友人を羨ましいとは思わないが、功成り名を遂げて、人生に句読点を打ったという気持ちの高ぶりが、一陣の清風(せいふう)をもたらすのだろう。
まあ、久しぶりだからと酒を酌み交わすときの楽しさったらなかった。
ただ、句読点が少しずつ遠ざかり、気持ちの高ぶりも沈静化すると、清風故人来たるというわけにはいかなくなるものだ。
ところがよくしたもので、その分、女性と呑む機会が増えてきたのである。
60代に入って、60代こそ人生の華だと思うようになった。
知力、体力は衰えず、酒量も一向に落ちない。
それでいて人生の味わいというものがわかってきて、一日一日が充実してきたのだ。
女性と杯を酌み交わしながら、とりとめのない話。
セロトニンの分泌が高まるのがわかるというものだ。
そのためには、まずは常に身辺を清潔に保ち、折に触れて、生命の躍動によって生命エネルギーを体外にあふれ出させることだ。
生命エネルギーあふれ出させることが、男でも女でも色気を醸し出す第一歩だからである。
『不養生訓』山と渓谷社
https://q.bmd.jp/91/119/8677/__no__
年配者のときめきを増やすのは何も女性ばかりではない。
若者との交流もときめきを増やす。
忘年会という言葉があるが、「忘年」について、安岡正篤師の著書「照心語録」にこんな文章がある。
『「忘年」とは本来一年の苦労を忘れるという意味ではない。
年齢を忘れるの意で、漢代の大学者孔融(こうゆう/当時50歳)と禰衡(でいこう)(20歳未満)との交わりを、世人が「忘年の交」とよんだ故事による。
だから、忘年会とは老若席を同じくし年齢を忘れて楽しむのが本当だ。
忘年の交に対し、地位身分を離れて交わる「忘形の交」やまた、「忘言の交」がある。
忘言とは、言葉など忘れた交わりのことで、荘子の「相視て笑ひ、心に逆ふことなし」という境地である。
真実の夫婦・親友にとって議論などは不要のものだ。
忘言の交をまた「忘己の交」ともいう「己を忘るるの人は即ち天に入る」(荘子)だ。
人間は世俗的な自分というものを時に忘れることが必要だ』
身分や地位や肩書にとらわれている人との付き合いは、息苦しくて、堅苦しい。
だからこそときに、「忘年」「忘形」「忘言」の交わりが必要となる。
そこには、老いも若きもない。
『「ときめき」は免疫力や自然治癒力を高める』という言葉を胸に刻みたい。
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医師、帯津良一氏の心に響く言葉より…
免疫力や自然治癒力を高めるために心のときめきほど大事にするものはないということは、随処に述べてきた通りである。
認知症とがんの予防法がよく似ているのには、初めは驚いたが、ともに人間まるごとの病であることを思えば当たり前のことなのだ。
どちらもその予防法の最右翼は心のときめき。
そこに人との関わりが加わると、その効果が倍加するようだ。
そして、ときめきと交わりを結びつける最高の演出家は、なんといっても酒である。
60代になって、功成り名を遂げて、定年退職をした高校時代、あるいは大学教養学部の友人がぽつりぽつりと訪ねてくるようになった。
私のような開業医には定年はない。
きっと死ぬまで働き続けるのだろう。
もともと仕事好きだから、定年を迎えた友人を羨ましいとは思わないが、功成り名を遂げて、人生に句読点を打ったという気持ちの高ぶりが、一陣の清風(せいふう)をもたらすのだろう。
まあ、久しぶりだからと酒を酌み交わすときの楽しさったらなかった。
ただ、句読点が少しずつ遠ざかり、気持ちの高ぶりも沈静化すると、清風故人来たるというわけにはいかなくなるものだ。
ところがよくしたもので、その分、女性と呑む機会が増えてきたのである。
60代に入って、60代こそ人生の華だと思うようになった。
知力、体力は衰えず、酒量も一向に落ちない。
それでいて人生の味わいというものがわかってきて、一日一日が充実してきたのだ。
女性と杯を酌み交わしながら、とりとめのない話。
セロトニンの分泌が高まるのがわかるというものだ。
そのためには、まずは常に身辺を清潔に保ち、折に触れて、生命の躍動によって生命エネルギーを体外にあふれ出させることだ。
生命エネルギーあふれ出させることが、男でも女でも色気を醸し出す第一歩だからである。
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年配者のときめきを増やすのは何も女性ばかりではない。
若者との交流もときめきを増やす。
忘年会という言葉があるが、「忘年」について、安岡正篤師の著書「照心語録」にこんな文章がある。
『「忘年」とは本来一年の苦労を忘れるという意味ではない。
年齢を忘れるの意で、漢代の大学者孔融(こうゆう/当時50歳)と禰衡(でいこう)(20歳未満)との交わりを、世人が「忘年の交」とよんだ故事による。
だから、忘年会とは老若席を同じくし年齢を忘れて楽しむのが本当だ。
忘年の交に対し、地位身分を離れて交わる「忘形の交」やまた、「忘言の交」がある。
忘言とは、言葉など忘れた交わりのことで、荘子の「相視て笑ひ、心に逆ふことなし」という境地である。
真実の夫婦・親友にとって議論などは不要のものだ。
忘言の交をまた「忘己の交」ともいう「己を忘るるの人は即ち天に入る」(荘子)だ。
人間は世俗的な自分というものを時に忘れることが必要だ』
身分や地位や肩書にとらわれている人との付き合いは、息苦しくて、堅苦しい。
だからこそときに、「忘年」「忘形」「忘言」の交わりが必要となる。
そこには、老いも若きもない。
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