人の心に灯をともす 4104 天人五衰

【天人五衰】4104



小林正観さんの心に響く言葉より…



《天人五衰(てんにんごすい)》

一、頭上の華、萎(しぼ)む

二、腋の下に汗を生ず

三、衣装、垢膩(くじ)す

四、身の威光を失す

五、鬱々としてその座を楽しまず


これは「天人五衰」といい、仏教用語です。

六道の最高位である天道の住人は「天人」と言われているのですが、“不老長寿”ではあるものの、やはり生物としての限界があり、いずれ「死」を迎える。

「天人」とは、「天上界に住む人」ではなく、人間の肉体を持ちながらも、人間の寿命に支配されていない人のことのようです。

天人は、“不老長寿”ですから、歳をとらない。

けれども、死なないのではなく、必ず死ぬとのこと。

その死の前兆を示したのが、この「天人五衰」。


死の50年ほど前になると、その人の頭上で美しく咲き誇っていた花がしおれたり、枯れたりし始める。

死の40年ほど前になると、腋の下に汗をかくようになる。

死の30年ほど前になると、着ているものが何となく汚れた感じになってくる。

死の20年ほどまえになると、身の威光、つまりオーラがなくなってくる。

死の10年ほど前になると、鬱々としていつも不平不満、愚痴、泣き言を言うようになる。


「その座を楽しまず」というのは、「自分が立脚しているところ(仕事や家庭など)に対して、いつもつまらなそうで、文句ばかり言っている」という意味。

私が言いたいのは、“不老不死”が人間に可能であるとか、“不老不死”が現実にあるとか、そういうことではありません。


「生命力が最も落ちた状態」が「鬱々としてその座を楽しまず」であるということ、これがとても面白いのです。

もし、今、自分が鬱々として、「その座を楽しまず」に文句ばかりを言っているのなら、まずそれをやめること。

その状態は、生命力が最も落ちた状態かもしれません。


その悪い「投げかけ」が、同じような不運を呼ぶことになってしまいます。

ですから、悪い「投げかけ」を今すぐやめて、身のまわりを清潔にし、さらに家のまわりに気を配り、職場の花などに思いを馳せてる…などしてみてはいかがでしょうか。


「不幸」や「悲劇」が存在するのではなく、自分がそう決めているだけです。

文句を言っている自分が、文句を言いたくなるような現象を呼び寄せているのかもしれません。

「鬱々として楽しんでいない」自分に気がついたら、ぜひ「天人五衰」の逆をやってみることをおすすめします。


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小林正観さんのお教えに、「幸も不幸もない、それを感じる自分がいるだけ」というものがある。

どんな逆境に陥っても、それを不幸と思わない人はいる。

逆境の中に、楽しみや喜びを見つける人だ。


「生命力が最も落ちた状態」が「鬱々としてその座を楽しまず」という状態だという。


まさに、ゲーテの言葉にあるように「人間の最大の罪は不機嫌である」ということ。

不機嫌な人は、まわりを不機嫌にしてしまう。

負の連鎖になってしまうからだ。

不機嫌は、上機嫌な人に比べて3倍の負のパワーがあるという。


反対に、生命力が最も輝いている状態は、機嫌がいいとき、ということになる。

ニコニコして、ウキウキして、ワクワクしている状態。

一緒にいると、まわりの人も、自然に笑顔になる。


「悲観は気分、楽観は意思」という言葉がある。

悲観的な人は、ただ単に気分に流されているだけ。

しかし、楽観的な人は、嫌なことがあろうと、自分の意思を働かせて楽観的になっている。


どんなときも、上機嫌でいられる人でありたい。






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