人の心に灯をともす 6167 自分を呪わない

【自分を呪わない】6167


渡部昇一氏の心に響く言葉より…


病気をしたときに、いかに心の持ちようが重要かを痛感させられたのは、私が七十七歳前後のときに足の骨を折ってしまったときのことであった。

家で階段から落ちてしまったのだが、足の骨を折ってしまったために、ギプスで固定し、松葉杖で歩かなければいけなくなった。


これは不便きわまりない。

棚の本を取るにも、トイレに行くにも、何をするにつけても大いに苦労をした。

当然、生活にも随分支障が出るので、ついつい「チクショウ」と思ってイライラしていた。


すると、そんな心持ちでいたから、免疫も落ちてしまったのだろう。

帯状疱疹になってしまったのである。

帯状疱疹は、子供のころに罹った水疱瘡のウィルスが、老齢やストレスなどが原因で免疫力が落ちると再び暴れだし、発疹と鋭い痛みを伴う病気である。

首より下に帯状疱疹が出るのは痛さを我慢すれば済むが、首より上に帯状疱疹が出ると危険な状態になることもあるようだ。

私の場合は頭に帯状疱疹が出て、顔がひん曲がってしまった。


いちばん反省したのは、足の骨を折って「チクショウ」と思って、「何でこんなことになってしまったのか」と自分で自分を呪ってしまったことである。

私が帯状疱疹になってしまったのは、そういう精神状態と大いに関係があったに違いない。


思い起こすのは、古代ギリシアのストア派の哲学者、エピクテトスの言葉である。

「あなたを虐待するものは、あなたを罵ったり、殴ったりする人ではなくて、そういうことをされるのが屈辱だと考える、そのあなたの考えなのだ」


やはり自分を呪ったり、自分自身で屈辱に思うことが、いちばん自分自身を傷つけるのであろう。

もっと素直に受け止めて、「神様が命じたのだ」「たまにはこういうこともある。仕方がない」くらいに考えておけば、帯状疱疹になることはなかったのではないか。


七十歳以降のケガは健康状態を一気に崩すことがあるので、気をつけなければならないといわれるが、それはこのような心のあり方に大いに関係しているように思えてならない。

若い健康な人なら、「どうせ治るに決まっている」と心のどこかで思っているから、精神がそこまで追い込まれることはない。

しかし、歳を重ねてからの病気やケガでは、どうしても「これは危ないかもしれない」「もう元の身体には戻れないかもしれない」と思う心が芽生えてしまう。


すると、不安と焦りが知らず知らずのうちに心に押し寄せてくる。

その強迫観念が必要以上に、自分の身体を痛めつけてしまうのではなかろうか。


「自分を呪うようなことは、絶対にしてはいけない」。

そのことは強く心に留めておくべきであろう。


『渡部昇一の快老論』PHP文庫
https://q.bmd.jp/91/119/9513/__no__





自分を呪ったり、必要以上にクヨクヨ反省したり、後悔することは、体に悪い。

自分で自分を痛めつけているようなものだからだ。


ケガをして右足を骨折した人は、「なぜあの時、骨折したのか」と悔やんだり、反省したりする。

しかし、斎藤一人さんは、そうではなく、たとえば、骨折した右足より、ちゃんと動く左足や、手や、口や耳といった、他の身体の部分に感謝する方が先だという。

その感謝を身体の各部分、ずっとやっていくと、最後はそれを気づかせてくれた骨折した右足にも感謝することができるようになる。


ときに「反省」することも大事だが、本当は「感謝」の方がもっと大事なのだ。

「自分を呪うようなことは、絶対にしてはいけない」という言葉を胸に刻みたい。



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