人の心に灯をともす 6142 清濁併(せいだくあわ)せ呑(の)む

【清濁併(せいだくあわ)せ呑(の)む】6142


中村天風師の心に響く言葉より…


たとえ自分自身の心が積極心になりえたとしても、自己の心の状態を基準にして、 他人の心を推し量ることがあっては絶対にいけない。

よりわかりやすく言うと、自分に対しては常に厳しくあらねばならないが、これを他人に押しつけてはいけないのである。


すなわち他人に対しては、清濁併せ呑むという寛容さを持つことである。

もしもこれを失うと、他人との勝ち負けにこだわる心が瞬時に現れてきて、積極心の保持を妨害するからである。


『中村天風一日一語』PHP研究所
https://q.bmd.jp/91/119/9093/__no__




《水清ければ魚棲(す)まず》

という、後漢の班超(はんちょう)の言葉がある。

班超は西域にとどまること約三十年、西域都護(とご)として諸国を統轄した。

彼は辞任するさい、後任の西域都護任尚(じんしょう)が厳格すぎることを懸念し、「水清ければ大魚無し」と忠告した。

しかし、任尚は忠告を無視し西域諸国の離反を招いたという。(中国名言集 一日一言 /岩波現代文庫)より



また、「アメーバ」のこんな話がある。

『カリフォルニアの研究者たちが、アメーバの一群を二つの異なるタンクに半分ずつ入れた。

第一のタンクでは、水の温度、水位、その他諸々、注意深くモニターし、成長に必要な完璧な条件になるように調えた。

一方、第二のタンクに入れられたアメーバは常に変化にさらされ、暑さ寒さの極限に置かれた。

さて、どちらのタンクのアメーバが長生きしたか?


驚いたことに、早死にしたのは、第一のタンクの、快適な環境に置かれたアメーバだった。

研究者たちは、次のように結論づけた。

あまりに居心地のよい環境にいると、よどみや腐敗が生じる。

一方、努力を強いられたり、周囲に馴染むことを余儀なくされることは、成長を促進する。』(新自分を磨く方法 ギフト版/ディスカヴァー)より


「水清ければ魚棲(うおす)まず」という言葉の通り、あまりに水がきれいなところは、プランクトンも繁殖せず、したがって魚も住むことができない。

転じて、あまりに清廉潔白な人には、人は寄り付かないということだ。


「清濁併(せいだくあわ)せ呑(の)む」とは、善も悪もへだてなく、あわせて飲み込む度量の広さを言うが、まさに人の生き方も同じ。

あまりに清廉潔白すぎる人には遊びがない。

余裕や余白がないということだ。

この世は、善もあれば悪もある。

悪あることを知ってなお、善であり続けようとするのがこの世の修行だ。



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