人の心に灯をともす 3349 自ら光を発する人

【自ら光を発する人】3349



小林正観さんの心に響く言葉より…


「私は、以前は『努力』してきた人間だったのですが、正観さんのお話を聞いて、がんばらない、緩んだ系統の人間になってきました。こういうタイプの人間が大勢を占めるようになったら、どんな社会になると思いますか」

と言われたことがあります。

私の答えは、そのように社会全体を評価、評論する癖をやめること。


面白いことに、人に対して「変われ、変われ」と言う人ほど、笑わない、暗い人が多いように思えます。

この質問をなさった方は、コンサルティングをしており、たくさんの企業とかかわるという立場からの質問ということでした。

「世の中のここが悪いじゃないかここが暗いじゃないか、ここが理不尽じゃないか」と、言っている人ほど、暗くなってきて、笑わない。

「暗い社会じゃないか」と問題点を指摘している人ほど、暗くなっているように私には見えるのです。


…世の中を暗い暗いと嘆くより、自ら光ってその闇照らせ。…

というのが私自身に言い聞かせている言葉。

その人が光だったら、その人の周りには闇はないでしょう。

評論する暇があったら、自分が光になること。

自分がどう光るかを考えるといい。

世の中の暗さを指摘して、糾弾している人ほど、笑顔がなく、暗さを投げかけているのかもしれません。

早くそれに気づくこと。


「闇」と「光」は、多くの人は50対50の力関係だと思っているかもしれませんが、実はそうではなくて、0対100です。

「光」が「闇」の中に入っていったら、常に「光」です。

逆に、「光」が撤退したとき、初めて「闇」の世界になります。

50対50の力ではなくて、「光」のほうが常に100の力を持っているのです。


ですから、「暗い、暗い」と言っている暇があったら、自分自身が光を放ってその闇の中に入っていけばよい。

光が入っていった闇は、どんな闇でも、光るしかありません。


肯定的な言葉をいつも発している人のそばにいると、いつも温かくなる、ということが体験的にわかっています。

「オーラ」という言い方をしてもいいのですが、明るい方向性を持っている人は、物理的にも光っているということです。

「光」という文字は、「人」の頭の上から5方向に光線が発しているという様子がもとになっている象形文字です。

「光」の文字のもとになっているものが「人」というのはすごいことです。

そして、光を発している人のことを、「明るい」と呼んだ。


古代の人は、光を発している人と、光を吸収する暗い人とを、見分けることができたらしい。

「陰気な」という表現があるのにわざわざ「あの人は暗い」という表現があるのは、実際にその人が「光」を発していなかったということでしょう。


「うれしい、楽しい、幸せ、大好き、ありがとう、愛してる、ツイてる」という肯定的な言葉を口にしている人は、その人がそこにいるだけで光を発する。

そしてその光は、暗い人を照らす。

「私の人生はつらくて、悲しくて、嫌いなことばかりで…」ということばかり言っている人は、「暗い」。

この人は、周りの光をどんどん吸着してしまい、はたから見ていると黒いもやの塊が来たように見えるのです。

これが、人間が「光」という文字の語源となったいきさつです。


「光」とは、「人」が光ることによって周りの人を照らし、歩いている道を明るく照らしてあげること。

光を発していない人の周りには暗い人が集まり、闇に包まれる。

光を発している人の周りには明るい人が集まり、明るさを宇宙に投げかけるのです。


『なぜ、神さまを信じる人は幸せなのか?』イースト・プレス






梯谷幸司氏の著書「すごい無意識(フォレスト出版)」の中にこんな一節があった。


『日経新聞が出しているマーケティング専門誌による2015年のアンケートがあります。

そのアンケートは次のようなシンプルなものでした。

低所得者、中所得者、高所得者それぞれに「今、何に興味関心がありますか?」と聞いたのです。

低所得者に関心があることは、消費税問題と年金問題。身近なお金のことに関心がありました。

中所得者になると、消費税問題、年金問題に加えて、安保法案や大企業の不祥事、政府の問題が上位3位を占めました。

面白かったのが高所得者の回答結果です。

政治や大企業の不祥事に興味のある人は3%くらいしかいませんでした。

彼らの興味関心があったのが、「1位 健康づくり」「2位 旅行」「3位 孫と遊ぶこと」というきわめて個人的なことでした。

時代の常識とは、圧倒的多数の人たちの意見です。

中所得者層は圧倒的に多数派です。

つまり常識というのは中所得者層が使う考え方であって、そこに留まり続けることは中所得者どまりなのだということ。

圧倒的多数の層は自分の正しさを証明するために、誰かを悪者にしたがります。

まだまだ世の中には「こうあるべき」で動いている人が少なくありません。

テレビも週刊誌も、叩いてもつぶれない材料を引っ張りだして叩きまくる。

そのほうが視聴率が取れて雑誌も売れるからなのでしょう。

世間とマスコミが一緒になって煽(あお)っています。』


低所得者や中所得者は、社会や政府への不満や批判、論評ばかりをしている。

そこには、根深い「嫉妬心」がある。

しかし、高所得者は、自分の楽しみや好きなことに関心があり、結果として周りに楽しさや明るさを投げかけている。

これは高所得者だけでなく、精神的に豊かで、満たされている人も同じ。

本質的な人生の生き方として大事なことは、正しいか正しくないかではなく、「楽しいか楽しくないか」、「面白いか面白くないか」。


自ら光を発する人でありたい。






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