人の心に灯をともす 3378 それが私に与えられた人生

【それが私に与えられた人生】3378



82歳の現役美容研究家、小林照子氏の心に響く言葉より…


私は6歳になるまでのあいだに、3人の母と2人の父に育てられました。

生みの親は私が3歳のときに離婚。

兄は父方に、私と妹は母方につくことになったのですが、私は1年後には、兄を慕って父のもとへ。

そして父と父の再婚相手に育てられましたが、私が6歳のときに父が病気で他界。

私は大人たちの話し合いの結果、父の再婚相手の兄夫婦にもらわれることになりました。

その夫婦には子どもがいなかったからです。


養母は私が10歳のときに骨盤カリエスになり、8年間寝たきりになりました。

そして私が18歳のときに死亡。

養母の白装束を縫い、木桶(きおけ)に養母を入れてリヤカーで火葬場に運びました。

骨壺(こつつぼ)を胸に抱いて、ひとり家に帰ってくる私の姿を見た女性が、涙ぐみながら言いました。


「照子ちゃんはかわいそう。ほんとうにかわいそう」

はたから見たら、私は幼少期も少女時代も複雑な家庭環境で過ごした「かわいそうな女の子」に見えたのでしょう。

私自身、自分の身にはなぜ次から次へと試練が課されるのかと考えたことがあります。

でも、自分が「かわいそう」とは思ったことがありませんでした。


「私って、かわいそうなんだ」

他人に言われて初めて、自分の憐(あわ)れさに気がつきました。

亡くなった養母の骨壺が急に重たく感じられ、私は道端で嗚咽(おえつ)しながら泣きました。

でも、ひとしきり泣いたあと、私は思いました。


私の人生はたしかにふつうではないかもしれない。

5人の親に育てられ、貧しい暮らしを強いられ、自分がほんとうに学びたいと思っていることも学ぶことができない私。

同世代の子たちといっしょに遊んでいる間もなく、働いて一家を支えていかなければいけない私。


けれど、それが私に与えられた人生。

私はもう「ふつうに見える人生」とくらべるのはやめよう。

「ふつうに見える人生」にあこがれるのもやめよう。

私は、私の人生を引き受けよう。

そう決心したのです。


人生にはつらいこと、苦しいことがこれでもか、これでもかと押し寄せてくることがあります。

そこから逃げ出したくなることもありますし、怒りがおさまらないようなこともあります。

でも、どんなにつらい経験も、そののちの人生の教訓として生かせないものはありません。


つらいこと、苦しいことに直面したときは、「絶対受け身」であることが大切です。

この、つらくて苦しい時期は、「学びの時間」。

自分が何かを学ぶために与えられた試練なのだと思うことです。


私の人生の前半にはずいぶん、つらいことが集中していました。

でも、若いうちにこの、たくさんの「学びの時間」が与えられたからこそ、いま人生の後半を日々感謝しながら、生きていくことができるのだと思っています。

人の人生はさまざまです。

若い頃はとても順風満帆な人生だったのに、突然の事故や病気で寝たきりになったり、ふつうの生活に戻れなくなってしまったりという方もいらしゃるかもしれません。

でも、あきらめたりしないでください。

いつまでも春にならない、終わらない冬はありません。

明けない夜は、ないのです。


つらくても、苦しくても、いまが「学びの時間」。

こんな人生のはずではなかったと投げやりになってしまうと、いまという大切な時間がただただ悲しいものになってしまいます。

人生を投げ出すのか、引き受けるのか。

文句を言って生きるのか、体験から学んで生きるのか。

それを決めるのは自分です。

自分しかいないのです。


『これはしない、あれはする』サンマーク出版





小林照子氏は本書の前書きの中でこう語る。

『笑顔でいることが多いせいか、「いつも機嫌がよさそうですね」とよく言われます。

とはいえ現実には、腹を立てていることもあれば、82歳という年齢なりに体がつらいこともあります。

でも、不機嫌そうな顔をしていると、自分のまわりから人は遠のき、その結果、自分が損をするということを、私は長い人生経験の中ですでに学んできました。

ゆえに、いつのまにやら私には、気持ちのスイッチを切り替えて、毎日を機嫌よく生きる方法が身についているみたいです。

そして、年齢を重ねるにつれ、「しないほうがいいこと」と「したほうがいいこと」の区別がようやくつくようになりました。

ここに書き出した「しないこと」は、じつは私自身、全部やってしまったことです。

私は若い頃、嘘をついたこともありますし、嫉妬もしましたし、人の悪口だって言ったことがあります。

でも、全部やってみて自分がみじめに思えて、いまではやらなくなったことばかりです。

ならば、そういうことは最初からやらないほうがいい。

たとえ、いまやっていたとしても、明日からはやめたほうがいい。

「しないほうがいいこと」はしない。

そう決めて生きていくだけで、心がすり減るような思いはしだいにしなくなっていきます。

「すること」では、人生を楽しく生きるためにプラスになったこと、したほうがいいことを書き出してみました』


「絶対受け身」とは「絶対肯定」のことだ。

舩井幸雄氏はそれを、「一見、不運に思えることもすべては必然、必要であり、振り返ればベストのタイミングで起こっているものです。幸運も不運もすべてを受け入れられるようになると、ツキを呼び込むことができるようです」と言っている。

どんなにつらいことが起ころうと…

それが私に与えられた人生と思い定め、人生を前向きに、そして機嫌よく生きていきたい。





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