人の心に灯をともす 3687 定年後は、人生前半戦の「通信簿」

【定年後は、人生前半戦の「通信簿」】3687



小林正観さんの心に響く言葉より…


私は20歳のころから32歳くらいにみえていたらしく、27歳くらいのOLらしき女性の方々から、

「4年制大学を出て入社して5,6年たつのにコピーとりとお茶汲みしか頼まれません。そのために大学を出たのではないので、辞めたほうがいいでしょうか」などと何回も相談されてきました。

私の答えはいつも同じで「あなたがお茶汲みにきているのではないという態度で仕事をしているとしたら、もし私が上司であれば、それ以上に責任のある仕事は任せません」というもの。


世の中に「軽い仕事」というものはありません。

でも、「これは雑用」と思っているうちは、その程度の仕事しかきません。


「頼まれごとを誠実にこなしていくか」を、上から見ている方がいらっしゃるからです。

だから、偉い人からの頼まれごとも、そして家族から言われた「ついでに買ってきて」というのも、みんな同じ。

「軽い仕事」「大事な仕事」「重い仕事」などはないのです。


《偉い人からの頼まれごとも、家族から言われた雑用もみんな同じ仕事です。》


『感謝ではじまる幸せの習慣』宝島社





安岡正篤師は、大西郷をこんな風に評している。(酔古堂剣掃)より


『淡宕(たんとう)という言葉があるが、「宕」というのは、岩石が山の崖下(がけした)だとか、あるいは森の中に、堂々たる大石としてでんと構えているさま、これが宕であります。

スケールの大きな、確乎(かっこ)として奪うべからざる力を持っている。

淡とは、一言でいうなら、甘いとも苦いとも渋いとも、なんともいえない妙味、これを淡という。

西郷南州の晩年はたしかに、「淡宕」という境地です。

あの人がたまたま官を去って、帰村したときに、村にはいろいろな問題があって、村長が泣き言を言いにやってきた。

そしたら、西郷さんが座りなおして、「そいじゃ、おいどんがやろうか」と言った。

村長はびっくりした。

まさか明治新政府の参議・総督が田舎の村長になるわけない。

冗談だと思った。

ところが冗談じゃない。

西郷さんは本気で言うておる。

つまり西郷さんから言わせれば、自分の生まれた村の村長も、偉勲赫々(いくんかっかく)たる参議・陸軍大将も同じことなのであります。

スケールというか、こういう境地というのが、「淡宕」です。

なかなかここまで行く人はいない。

人間もここまで行けば偉い。

英雄・哲人の終わりには、時折こういう境涯がある。

誰にでもわかるのは大西郷の最後の風格、晩年の風格であります。』


若い頃から、誰からの頼まれごとであっても、それを快く引き受けていく人は、晩年になって暇(ひま)になることはない。

しかし、頼まれごとを断り続けてきた人は、晩年になってまったくやることがなくなってしまう。

家族からも、地域社会からも、友達からも、会社からも、頼まれごとがこなくなるからだ。


頼まれごとを断り続けていると、頼まれにくい顔になる。

一言でいうなら不機嫌そうな顔だ。

そんな人は、まだ現役で仕事があるうちはいいが、定年になったら悲惨だ。


頼まれごとに大小や軽重(けいちょう)はない。

どんな小さな頼まれごとであっても、それを機嫌よく「淡々」と引き受けるのか。

その積み重ねの結果が定年後にはっきりと表れる。

だから、定年後は、人生前半戦の「通信簿」。


頼まれごとを、機嫌よく、淡々と引き受ける人でありたい。







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