人の心に灯をともす 3703 少し損して生きれば、言葉は優しくなる

【少し損して生きれば、言葉は優しくなる】3703



萩本欽一氏の心に響く言葉より…


今の世の中を見ていると、全部「今すぐ得を取ろう」としている。

視野が短期的になっているようです。

僕は、今ではなく10年後に得になっているかどうか、というくらいでちょうどいいんじゃないかと思っています。


そもそも僕が中学・高校時代を過ごした昭和30年ごろは、得する話なんてありませんでした。

得することなんてめったになかったので、そういうことがあるとすごくみんな感動したものです。

今はちょっとしたことでも得をしようとしている。

萩本欽一氏の心に響く言葉より…



特に汚い言葉で駆け引きをして得をしようとするのを見ると、何だか悲しくなってきます。


たとえば車同士がちょっとぶつかって、ぶつけたほうが「大丈夫ですか?」って聞いてきたとき、「大丈夫じゃないよ!」とか。

もっとひどいのになると、「大丈夫ですか?」って聞かれたら、「いや、ちょっと首が痛い」と言ったり。

その言葉で得をしようとしている。

そういう言葉が世の中に蔓延(まんえん)しているから嫌な気持ちになります。


ちょっとした車の事故があったとき、たまたまそばで聞いてたら、「お前がやったん」「うるせ~、お前だろう」「ばかやろう~、そっちがぶつけたんだろ」「コノヤロー、ふざけんじゃない!お前だろう」って延々に続いていました。

一度嫌な言葉を発すると、それに輪をかけてひどい言葉が相手からどんどん出てきます。

聞いているともう、殴り合いになりそうなほど。


そのあと、「お前があそこで無理にまがるからだ」とか、相手を非難して、最後は「俺はちゃんと減速した」とか言い訳になる。

だから最初にどういう言葉を選ぶかが大事で、その言葉が、その後の展開をよいものに変えていくんです。

だから僕は見かねて、こう言いました。

「ちょっと待って。二人の会話を聞いていると、どっちがお金を払うかということばかりで、言葉が汚いよ。僕がお金を払う。お金のことは気にしないで、話してみて」って。

そしたら、「ちょっと傷ついたけど、このぐらいは保険があるから大丈夫かな」とか、言葉が柔らかくなってきました。


「自分が得をしよう」ということを一つ抜くと、最初の言葉が優しくなるから、どんどん会話が穏やかになります。

いい言葉がいい言葉を引き寄せる。

相乗効果が生まれます。


反対に、はじめに何も考えずに言葉を投げつけると、とんでもない諍(いさか)いになってしまいます。

まずは最初のひと言が肝心。


でも、世の中、こんなに「得したい」という雰囲気が蔓延しているというのはきっと、生活に余裕がなくなってきているということもあるかもしれない。

だから個人の問題というより、これはもう社会の問題なのかもしれないと思いますね。


『ダメなときほど「言葉」を磨こう』集英社新書




何か悪いことや失敗して迷惑をかけてしまったとき、それを隠して最後まで言わない人がいる。

でも、それが後から分かったとき、まわりからの信用はゼロになる。

先に謝ってしまうと、自分が損してしまうと思うからだ。

うまく隠しおおせれば、自分の得になる、と。


少し損して生きれば、人はもっと優しくなれる。

ゆずったり、先に謝ったり、笑顔で接したり…。


仏教でいう「無財の七施」だ。

お金がなくてもできる七つのほどこしのことをいう。


一、眼施(がんせ)  優しいまなざしで人に接すること。

二、和顔施(わがんせ)  おだやかな笑顔で人に対すること。

三、言辞施(ごんじせ)  やさしい言葉で人に接すること。

四、身施(しんせ)  人のいやがる仕事など、自分の体でできることで奉仕すること。

五、心施(しんせ)  人に心を配ること。ともに喜び、ともに悲しんであげること。

六、床座施(しょうざせ)  席を譲(ゆず)ること。

七、房舎施(ぼうしゃせ)  自分の家を提供すること。


少し損して生きる人生を歩みたい。






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