人の心に灯をともす 6153 水到(いた)れば渠成(きょな)る

【水到(いた)れば渠成(きょな)る】6153


伊與田覺氏の心に響く言葉より…


かつて私は、あるものをつくろうと思い随分苦心をしたことがあります。

ちょうどその時、久しく親炙(しんしゃ)を賜っていた安岡正篤先生が私の地元、大阪に来られたので、厚かましく助言を求めに参りました。


「先生、私の思うものはどうしたらできるでしょうか。一句で成るような言葉はございませんか」

と尋ねると、先生はすぐに筆を執られて、「水到渠成」の四文字を半切に揮毫してくださいました。


そして、

「水到(いた)れば渠成(きょな)る。

あまり深く考えずとも、水が来れば自然に溝(みぞ)ができるのだよ」

とおっしゃいました。


お礼を述べて辞去した後、これにはきっと深い意味があると思い辞書を引いてみたところ、水という字には徳という意味もあることが分かりました。

つまり、徳を積めば自ずと事は成るものであり、先生は、おまえにはまだ徳が足りないから、慌ててものをつくろうとしてもできないのだと示唆されたのです。


『人生を導く先哲の言葉』致知出版社
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「陰徳陽報(いんとくようほう)」(淮南子・人間訓)という言葉がある。

「陰徳あれば必ず陽報あり」というが、人知れずよい行いをする(陰徳を積む)者には、必ずよい報いがあるということ。

しかしながら、陽報を求めてする陰徳は陰徳とは言わない。


こんな話がある。1500年以上前のこと、達磨大師は王宮に招かれ、国王である武帝から質問された。

「私はこれまでたくさんの寺院を建立したり、寄進をしてきた。果たして私にはどんな功徳があるのか?」

達磨大師はひとこと「無功徳(功徳はない)」と答えたという。

良い報いを期待して行う善行は善行とは言わないからだ。


また、成蹊学園の元になった言葉がある。(成蹊学園のHP)より

『史記』の作者司馬遷が、将軍・李廣(りこう)の人物を讃えるために引用した言葉だ。

「桃李不言下自成蹊」

「桃李ものいはざれども、下(した)おのづから蹊(けい)を成す。」


桃や李(すもも)は、ものを言うわけではないが、美しい花を咲かせ、おいしい果実を実らせるため、自然と人が集まり、そこに蹊(こみち)ができる。

桃や李は人徳のある人のたとえで、優れた人格を備えた人のまわりには、その人を慕って自然と人が集まってくる、という意味だ。


徳を積む生き方を目ざしたい。



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