人の心に灯をともす 3904 自分で自分に活を入れる

【自分で自分に活を入れる】3904



茶道裏千家・大宗匠、千玄室氏の心に響く言葉より…


自分の弱さに勝つことが大切。

ところがそう言うと、自分はそんなに強い人間ではないのです、と反論する方がいます。

そんなのは言い訳です。

人間なんて、みんな弱くて、ずるくて、悪いもの。


だから少しでもよくなろうと努力をするのじゃないですか。

生きるってことは、そういうことです。

なのに、みんな忘れている。


己が己が、俺が俺が、私が私が、そんなことばかり考えて、そのくせ、楽なほうへ、楽なほうへ行きたがる。

人の干渉を受けるのが嫌だからとか、面倒な思いをするのは嫌だからと、現実から逃げている。

気力はないのにプライドだけはあって、そのくせ自分で何かを得るための行動はしない。

最悪です。


だけど実のところ、人間というのはもともとそんなものなのです。

社会に適合して上手くやっているように見える人でも、裏を返せばみんな根はぐうたらで、だからこそ自分をコントロールしてなんとかやっていこうと努力している。

自分は大丈夫なんて思っていても、ふとしたきっかけで自信を失ったりすると、そういうぐうたらで投げやりな生活に陥る危険を、誰もがもっているのです。


ですから、どんな状況になっても、自分は駄目だなんて決めつけてはいけない。

そう思う前に、鏡をみて、身なりをこざっぱりとして、もう一度チャレンジしてみることです。


仕事がない、病気で動くのがしんどい、それはたしかに辛(つら)いでしょう。

だからといって全部を諦めることはない。

死にさえしなければ、少なくとも生きてさえいれば、何かしらのチャレンジはできます。

復活のチャンスは、必ずあるのです。

あとは自分自身がやるか、やらないか。


最近は聞かなくなってしまいましたが、私たちの時代には、ふんどしを締め直せ!とよく叱咤(しった)されたものです。

失敗をするのは気持ちがゆるんでいるからだ、気持ちがゆるんでいるのはふんどしがゆるいからだ、というわけです。

無理やりな理屈のようですが、これは私の飛行機乗りの経験からしても、けっこう一理あるなと思うのですよ。


かつてはそうやって活を入れてくれる人がいたものですが、いまはほとんどいなくなってしまった。

ならば、これからの時代は、自分で自分に活を入れなければならないのでしょう。


『いい人ぶらずに生きてみよう』集英社新書






「活を入れる」とは、刺激を与えて元気づける、ということ。

柔道などでは、気絶した人の息を吹き返させる技のことをいう。

また、別に「喝を入れる」という言葉があるが、これは座禅で、僧侶が「喝!」と大声で言って持っている棒(警策・きょうさく)で修行者の背中を打つことが語源。

禅では、「喝」は叱るという意味で使うが、以心伝心、拈華微笑(ねんげみしょう)の世界だ。


相撲では、自分のまわしや頬っぺたをたたいたりして活を入れる。

柔道や剣道では、組み合うときや、試合中も大きな声をだす。

自分に気合を入れ、気力を奮い起こすためだ。

自分にムチを入れることでもある。


「水は低きに流れ、人は易(やす)きに流れる」という。

放っておいたら、楽な方へ楽な方へ流れてしまう。


「一日作(いちじつな)さざれば一日食らわず」

という禅の言葉がある。

百丈和尚が80歳になった時、炎天下でも畑仕事をしていたが、それを見て、弟子たちが健康を気遣って「作務をやめてください」と言った。

それでも百丈和尚は作務をやめなかったので、畑仕事の道具を取り上げてしまったところ、和尚は食事をとらなかったという。

その時に言った言葉がこの「一日作さざれば一日食わず」。


元気がなくなったら、自分で自分に活を入れたい。





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