人の心に灯をともす 3905 人から頼まれるということ

【人から頼まれるということ】3905



小林正観さんの心に響く言葉より…


頑張ること、成績を上げること、数字を上げることが人生の成功者である。

私たちはずっと、従来の学校教育の中でそう教え込まれてきました。

けれども、宇宙には「成功」という概念がないのです。

「失敗」という概念もありません。

だから「比べ合う」という価値観も存在しません。


私が到達した結論は、自分がやることを決めるのではなくて、達成目標や努力目標なんて全部捨てちゃって構わないから、いかに人からの「頼まれごと」をしていくか、いかに頼まれやすい人になるか、ということでした。

単に「努力はするな」と言っているのではありません。

「努力」が趣味で、頑張っている状況そのものを楽しめているのならそれはそれでいいと思うし、そういう捉え方があっていいと思います。


でも、もう一つ別の生き方がある。

頼まれごとをただひたすらやって人生を終える生き方。

使われる命…、それがすなわち「使命」と言われているものです。


ミケランジェロ、ヴァンダイク、ルーベンス、モーツァルト、みなそうなのですが、宮廷画家、宮廷音楽家というすごい人たちは頼まれごとをやっていました。

世の中に長く残っているすごい仕事は、みな、宮廷から頼まれたからやった仕事なのです。


自分のやる気や衝動によってつくったものが芸術だと思い込んでいる人が多いのですが、それだけでは、長く世に残る仕事はできないようです。

衝動でやったものは、自分のできる範囲でしかやらないことが多い。

ところが、

「この大きさのもの、こういうものをいついつまでに仕上げてくれ」

と言われると、人間は自分を超える力をどこからか借りてこなくてはならない。

自分の能力の限界を超えるものを頼まれて引き受けてしまう、ここが重要です。


今の自分の力でこれくらいのことができるかな、できないかな、そうやって自分に問いかけるのは「おごり、高ぶり」。

自分がどれくらいできるか、自分で判断できると思っている。

自分の力を自分で評価・評論できると思っている、それが「傲慢」です。

頼まれたら「わかりました」と言ってやってみる、それが「謙虚」。

一般的に言う「傲慢」と「謙虚」とは全然違います。


人に何か頼まれるというのは、大変なことです。

能力が高くても人柄がよくなければ頼まれない。

人柄だけがよくても、頼めることと頼めないことがあるでしょう。


実は、頼みやすい人、頼まれやすい人というのは、もう一つ別の言い方をすると、「人徳」と言います。

イコール「人格者」です。

結局、人が集まるような人格になってしまえば、必ずやそこで商売が成り立つわけですから、仕事というのはまさに人格の延長なのです。


人間がこの世に生命をもらった意味というのは「人格を磨く」というこの一点だけ。

人格を磨くというのは、経済的に成功するとか、社会的に地位や名誉を得るとかではなく、いかに自分の存在がたくさんの人から喜ばれるか、ということです。

それこそが魂の究極の目的らしいのです。


『楽しく上手にお金とつきあう』大和書房





自分の「思い」や「夢」、「目標」は今の自分の考えがベースになっている。

だから、自分の思っていたり、知っている範囲の中でしか想像できないし、考えつかない。

小学生の頃の夢で考えるとわかるが、小学生が知らない職業や聞いたことがない仕事を夢や目標にすることはできない。


しかし、人から頼まれた仕事やボランティアなどは、自分の思ってもみなかったことがやってきたりする。

自分の考えではなく、人が考えたものだからだ。

当然、考えてもみなかった分野や、自分としては得意でないと思い込んでいたことも頼まれる。

したがって、その頼まれごとをこなしていくと、自分の人間の幅が広がるということになる。


人から頼まれるには「人徳」が必要。

人徳がある人を「人格者」という。


我々がこの世に生を受けた意味は、人格を磨いて、少しでもましな人間になってあの世に旅立つこと。

そして、それが人から喜ばれる生き方。


たくさんの人から喜ばれるために…

頼まれごとを引き受け、人格を磨きたい。






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