人の心に灯をともす 3953 人に奢られて生きていく

【人に奢られて生きていく】3953



プロ奢(おご)ラレヤー氏の心に響く言葉より…


僕は現在22歳で、19歳のときに某理系大学を半年で中退したのち、ヨーロッパをほぼカネなしで3か月ほど散歩しに行きました。

そこから日本に帰国したあとは「プロ奢ラレヤー」として、ツイッターを介してだいたい月50~60人ほどからメシを奢られる生活をかれこれ3年ほどやっています。

つまり、「他人のカネで焼肉を食べる」のが僕の今の仕事です。

そうです。

他人の金でメシを食べています。

これで、だいたい僕のことを理解していただけたでしょうか。

「どうしてプロ奢ラレヤーなんて活動を始めたの?」と聞かれることも、もちろん多いです。

が、僕からすると「自然に生活していたらこうなった」というだけで、特別なことだとは思っていませんでした。


ヨーロッパから帰ってきた後は、なぜか僕に興味を持った“友達の友達の友達”みたいな人たちから「メシ奢るから会おうよ」という“奢り依頼”が絶えず、「まあメシ食えるならいっか」という感じで毎日誰かと会って、できた友達の家に泊まるような生活をしていました。

すると少しずつ「あいつにメシ奢れば会えるし、面白いよ」「奢ってでも会う価値あるよ」「お前も連絡してみなよ」なんていう形でクチコミが広がり、いつの日からか「あの人、メシ奢られるだけで生きてるんだって。気になる」「私も奢ってみたいな」「ツイッターでDMしてみようかな」なんてことをぜんぜん知らない人からも言われるようになっていました。

なんのウケも狙わず、いつもどおり自然とともに生活しているだけの民が、先進国の人々から「あいつらライオン狩っててワロタ」と勝手に人気になる現象に似たものを感じます。

確かに、僕もライオンを狩る人は好きです。


そんな経緯で、いつのまにか「プロ奢ラレヤー」になっていた僕なのですが、そんな中「奢りにくる人達が個性的でなかなか面白い」「せっかく面白いのに、ただ忘れてしまうのはなんとなくもったいないな」「なにかサクッとやれることはないか」と考えるようになりました。

そこで奢りにきた人の話をもとに「こないだ心臓で性的に興奮しちゃう心臓フェチが驕りにきたんだけど~」「これは財産の差し押さえのバイトしてる人から聞いた話なんだけど~」と面白おかしくツイートをしていたら、ツイッターのフォロワーも増え、いつしか約9万人に。

フォロアーのうち10%が1回ずつ奢りにっくると仮定すると、向こう15年くらいは奢られ続けることができる計算です。

まあ、トンデモ計算だけどね。


そうしてフォロワーが増えるにつれ、奢り依頼の数も増えていきました。

その半面「フォロワーが増えると、書きづらくなることも多いな~」と思うことも増えました。

自分自身の話はもちろんのこと、奢りにきた人の話も「ちょっと身バレするかもしれないので、ツイートはしてほしくないです…」と言われることも多くなりました。

現在のツイッターは「血に飢えた動物のはびこるサバンナ」なので、よくわからないことですぐに炎上したりします。

多くの人がビビるのも当然っちゃ当然です。

僕も以前、箸を持っている画像を上げたら「お前は箸の持ち方が汚い」「育ちの悪さが窺える」「箸もマトモに持てないなら海外に移住しろ」とお箸界隈の方々に総スカンを食らったことがあります。

ツイッターはとても恐ろしい世界です。


と、ツイッターが危険になってきたこともあり、軽めの内容を継続してツイートしつつも、それと同時に少しリスクのある話などを「note」という文章を売ることができるサイトで月698年の有料メルマガを配信し始めました。

「ツイッターでは言えない話」をそこに書きはじめたわけです。

そんなこんなで、ただ奢られ、それをもとにサクッと簡単な日記を書くだけでnoteから「月3桁万円くらいのお金」も講座に振り込まれるようになり、いよいよ僕もよく分からない人間になってきました。

そんなよく分からない僕の元に「ぜひ!うちで本を出しませんか?!」と出版社の偉い人がやってきて、そこで生まれたのがこの本というわけです。


『嫌なこと、全部やめても生きられる』扶桑社





キンコンの西野亮廣氏の話の中によく出てくる、小谷真理(まこと)さんというホームレス芸人がいる。

1983年生まれの37歳。

「何でも屋」をうたい、自分の一日を50円で売るという日常をおくっている。

ある時は、一日草むしり、ある時は、引っ越しの手伝いや、飲食店の皿洗い。

現在結婚している奥さんとは、「鬼ごっこ」の依頼を受け、意気投合して一緒になった。

結婚費用もクラウドファンディングであっという間に170万円集まったという。


どうして毎日暮らしていけるのかというと、それは「信用」だという。

一日中草むしりをたったの50円でやってもらったら、依頼人は誰でも、お昼も夕飯も出すし、飲みにも連れて行きたいと思うようになる。

このことによって、小谷氏は誰よりも感謝されるようになった。

そして、まとまったお金がいるとき、クラウドファンディングをやり、ことごとく予定のお金を上回って成功している。

なぜなら、今まで50円で小谷氏を買った人たちが皆応援するという。

つまり、「感謝」は「信用」であり、それはお金とつながっている。


まさにこの「信用」は、人に奢られて生きている、「奢ラレヤー」氏も同じ。

自分の生き方を、人に、ゆだねきり、まかせきったとき、頼まれごとの人生が始まる。

頼まれごとの人生とは、頼まれたことを「不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句、辛い、嫌だ、疲れた」という言葉を使わないでこころよく引き受けること。

いい仕事をしようとか、ほめられようとか、気負わずに「いい加減」でニコニコして淡々とやっていく。

しがらみや執着をなくし、自分が得をしようとかも一切思わない。

すると自分の生き筋や使命が見えてくる。


人には、様々な生き方、暮らし方がある。

人に奢られて生きていく、という人生もまた面白い。





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