人の心に灯をともす 3963 人の幸せを祈ると、仏頂面が消える

【人の幸せを祈ると、仏頂面が消える】3963



渡辺和子氏の心に響く言葉より…


一人前の修道女になるためには、数年の準備期間があり、30歳近くで入会した私は、その後5年近くをアメリカで過ごしました。

当時は、修道女を志す人も今と違って多く、20代の若いアメリカ人百数十名と、ボストン郊外の広大な修道院で修行していた一年間の、ある日のことでした。

修練という言葉が示すように、朝5時の起床から夜9時の就寝まで、厳格な規律のもとに祈り、黙想、食事が行われ、その他の時間は主として草取り、洗濯、食事の下ごしらえなどの単純な作業に当てられます。


その日は夏の暑い午後でした。

私は、割り当てられていた配膳の仕事を食堂で果たしていました。

百数十の皿、コップなどを長机の上、パイプ椅子の前に一つひとつならべてゆく仕事を、沈黙のうちに手早く行っていた時です。


突然、「あなたは、何を考えながら仕事をしているのですか」と問いかけられ、振り向くと、そこには厳しい顔をした修練長の姿がありました。

「別に何も」と答えた私は、「あなたは時間を無駄にしている」と叱責され、一瞬、戸惑いを隠せませんでした。

命ぜられたことを、命ぜられたようにしていたからです。


修練長は、そんな私に今度は優しく諭すのでした。

「時間の使い方は、そのままいのちの使い方なのですよ。

同じ仕事をするなら、やがて夕食の席につく一人ひとりのシスターのために、祈りながら並べてゆきなさい」


何も考えないで皿を並べるなら、ロボットの仕事と同じです。

「つまらない」と考えて過ごす時間は、つまらない人生しか残してゆきません。

同じ時間を費やすなら、一つひとつの皿を並べる時に、「お幸せに」と、私にしかこめられない愛と祈りをこめて並べて、初めて私は、愛と祈りの人生を送れるのだということを、その日、その時、教えられたのでした。


30歳まで、英語を使うやりがいのある仕事に就き、修士号も取得していた私は、当初こそ、「これが修道生活というものだ」と納得して、単純労働にもいそしんでいたのに、時が経つにつれ、知的な刺激の少ない生活に対して「つまらない」と考える不遜(ふそん)な人間になっていました。

時間の使い方は、いのちの使い方。

この世に“雑用”という用はない。

用を雑にした時に、雑用が生まれるのだということを、心に叩き込まれた修練院での一コマでした。


果たして、私が「お幸せに」と祈りながら皿並べをしたから、夕食で座ったシスターが幸せになったかどうかは、わかりません。

わからなくていいのです。

これは私の時間の使い方、私の人生の問題だからです。

しかしながら一つ、たしかに変わったことがありました。

それは、私から仏頂面(ぶっちょうづら)が消えたことです。


生きていく上では、嫌なこと、したくないこと、欲しくないもの、気に入らない相手など、数々の自分にとって“ありがたくない”物事に向き合わないといけないことがあります。

つまらない仕事を、つまらなくない仕事に変える術(すべ)を、若くして修練院で教えてもらったことを私は、感謝しています。

「幸せは、いつも自分の心が決める」のであり、私たちは、環境の奴隷でなく、環境の主人となり得る人間の尊厳を忘れてはいけないのです。


マザー・テレサは、炊き出しをするシスターたちに必ず3つのことを実行するように諭しておられました。

パンとスープボウルを渡す時には、相手の目を見て、ほほえむこと。

手に触れて、ぬくもりを伝えること。

そして短い言葉がけをするという3つです。

それはロボットにはできない、人間の、他の人間に対する愛と祈りの表現です。


仕事を“する”doingも大切ですが、どういう思いで仕事をしているかというbeingを忘れてはいけないのだと肝に銘じています。


《この世に“雑用”という名の用はない。用を雑にした時に生まれる。<「つまらない」と思いながら生きる時間は、つまらない人生になってゆく。>》


『面倒だから、しよう』幻冬舎




筑波大学名誉教授の村上和雄氏のこんな話がある。

『アメリカの病院の実験で、「他人に祈られた患者」はそうでない患者に比べて、人工呼吸器、抗生物質、透析の使用率があきらかに少ないことが分かったという。

これは驚いたことに、この病院から遠くはなれたところからの祈りでも効果は同じだった。

そして、なにより驚くことは、患者は祈られていることを全く知らなかったことだ。

また、人のために祈ると、実は、祈った本人まで健康になるという』


反対に、人を罵倒したり、怒鳴ったり、悪口を言ったりすると、一番聞いているのは自分だ、と言われる。

なぜなら、自分の「口」に一番近いのは自分の「耳」だからだ。

すると、自分を罵倒し、怒鳴り、悪口を言っているのと同じ状態になるからだ。


斎藤一人さんは、

「人の幸せを願うようになると、心が豊かになるんです。心が豊かになると、人相も変わってくるんです」(愛のセラピー)より

という。


人の幸せを祈ると、仏頂面が消える。

そして、それはつまらない仕事を、つまらなくない仕事に変える術でもある。


心の中で…

コンビニのレジで、「あなたに幸せが訪れますように」

朝会社で仕事の仲間に、「会社のみんなにもっと幸せが訪れますように」

渋滞の列で車を快く入れてくれた人に、「あなたに幸せが雪崩のごとく訪れますように」


人の幸せを祈ることができる人でありたい。





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