人の心に灯をともす 3988 「好き」を突き抜ける

【「好き」を突き抜ける】3988



みうらじゅん氏の心に響く言葉より…


「ない仕事」とはつまり、そのときあまり誰も興味を持っていない、世間の注目を集めていないこと、と言い換えられるかもしれません。

1989年に、「吉本新喜劇ギャグ100連発」というビデオを企画したことがありました。

今でこそ、その名も全国に知れ渡る新喜劇ですが、当時はまだ東京では関西から移住してきた者の間でしか話題になっていませんでした。

また、新喜劇といえば様々な芸人さんのギャグが有名ですが、当時はそのギャグが単体で笑いを取るものではなく、舞台をよく見ている人だけがわかる、マニア向けのお笑いでした。


私は東京の関西人向けに、新喜劇のビデオが欲しいと、「個人的に」思いました。

そこですぐ誰も知り合いもいない吉本興業に、飛び込みで「ビデオを作らせてほしいのですが…」と電話をかけました。


このように、私の仕事は「あったらいいな」という気持ちで始まるのです。

「あったら絶対買う」と思えるかどうか。

難しい会社の事情や、それがヒットするかどうかなどは、乱暴な言い方ですが、どうでもいいのです。

もちろん、今売れているもの、注目されているものは、すでに「ある仕事」なので、そこには手を出しません。


「ギャグ100連発」は、吉本新喜劇がもうなくなるかもしれないというくらい衰退した時期に吉本興業からゴーサインが出て、東京でも陽の目を見ることになったのです。

私はそういった、絶滅危惧種を見分けるのが昔から得意なのです。


私がインターネットを使っていちばんよくやるのは、「出てこない言葉」を探すことです。

普通は世に出ているものを調べるのでしょうが、私の場合はこれから世に出したいもの。

そのネーミングなどが、まだ手を出していないものかどうかを確認するために検索するのです。


自分で新たな土俵=ジャンルを生み出せば、自分以外の誰も博士になれないわけです。

これは考え方においても同じです。


趣味は突き詰めなければ意味がありません。

対象そのものが好きだからぐらいでは困るのです。

サッカーのあるチームが好きだ、アイドルのあのグループが好きだ、将棋を打つのが好きだ、イタリア料理を作るのが好きだ。

すべて「そのまま」では何も生み出すことはできません。


私は俳優の田口トモロヲさんと「ブロンソンズ」というコンビを1994年から組んでいます。

60~80年代、アクションスターとして一世を風靡したチャールズ・ブロンソンに憧れ、その生き様を学ぼうと結成しました。

ある程度の年齢の方ならご存知のとおり、ブロンソンはいまの尺度から考えれば、とてもかっこいいと言えるルックスではありません。

皺(しわ)だらけの顔にヒゲ、私は「ぶちゃむくれフェイス」と呼んでいます。


そして出演している映画は、ほぼB級アクション。

ブロンソンは70歳を過ぎても、日本では劇場公開されないようなアクション映画に出ていました。

しかもその内容はほとんど、愛する者を殺された主人公(ブロンソン)が、復讐の鬼と化して悪者を容赦なく懲(こ)らしめる、という展開のものばかりです。


そして私とトモロヲさんは、雑誌「スタジオ・ボイス」に、交互に悩み相談をする連載を売り込みました。

悩みを打ち明けられたほうは、文科系だと言えないような「仕事を選んでいるようじゃ、まだまだだぜ」といった力強いメッセージを、「ブロンソンになりきって」男気たっぷりに答えます。

今までに「ない」一風変わった人生相談コーナーとなり、人気を博しました。

その後、この人生相談をまとめた単行本『ブロンソンならこう言うね』や、ブロンソンの出演したCMソングと映画『大脱走』のテーマに、勝手な日本語詞をつけて歌ったシングルCD『マンダム~男の世界/大脱走’95』を発売、1997年にはスチャダラパーや東京スカパラダイスオーケストラなどにも参加してもらい、アルバム『スーパーマグナム』を制作。

ブロンソンがお亡くなりになったときは、「ブロン葬」というお別れイベントまで企画、開催しました。


『「ない仕事」の作り方』文春文庫
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みうら氏は本書の中でこう語る。

『普通、雑誌で記事になるのは「流行(はや)っているから」です。

しかし私の場合、まだ全く流行っていないものや事柄をあたかも流行っているように、アツく自分の頁で伝えていくのが仕事なのです。

たとえば「ゆるキャラ」を広める場合、必要なのは「接待」です。

皆さんは出版社やテレビ局が作家やタレントを接待していると思われているかもしれません。

確かにそれがほとんどでしょう。

しかし私の場合は、逆接待を行います。

編集者を酒の席に招き、ごちそうをし、酔っていい調子になられた頃を見計らってプレゼンするのです。

私の仕事は、いってみれば「一人電通(博報堂)」です。

企画を立てるのも自分、集めるのも自分、ネタを考えるのも自分、発表の場所や方法を考えるのも自分、そのために接待をするのも自分なのです。

前例のない、「ない仕事」をしようとしているのですから、そのくらいの接待は当然です。

黙っていても、いい扱いなどされないのです。』


みうら氏は「好き」を突き抜けると、「ない仕事」に到達するという。

「寝ても覚めても」という状態のことだ。

「好き」を途中でやめない、あきらめないということ。


これを続けると「出る杭(くい)は打たれる」の反対の、「出すぎた打たれない杭」になる。

日本では、とかく同調圧力が高く「人と同じことしなければいけない」という、暗黙のプレッシャーがかかる。

しかし、「ない仕事」は他と比較しようがないので、「出すぎた杭」と同様に、同調圧力はかからない。


「好き」を突き抜け、「ない仕事」を見つけたい。






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