人の心に灯をともす 4016 個性と独創性

【個性と独創性】4016




筑波大学名誉教授、村上和雄氏の心に響く言葉より…



利己的遺伝子という言葉の影響かどうかわかりませんが、個性偏重の傾向が強いように思えます。

個性を大切にすることは、多様性を確保するという意味でも大事なことですが、それが行き過ぎたのかどうか、どうも「俺が」「俺が」という弊害が見れます。

それが利己的な人間の増加に拍車をかけているような気がします。


近代社会は、「個」というものを一番大切なものとして祭り上げてしまいました。

しかし、本来、他者や周囲との関係性がない個というものはありえません。

つまり、個は個だけでは存在できないのです。


自然界を注意深く観察すればわかりますが、ものごとはペアで存在しています。

男と女、陽と陰、+と-、さらにDNAの二重らせん構造もペアという見かたができます。

そうやって関係を持ちつつ、お互いを支え合い、助け合っています。

個性は大切かもしれませんが、それを強調しすぎると、かえっておかしな世の中になってしまいます。


個性と並んで重要視されているのが、独創性です。

科学でも独創性のある研究や考察が重視されますが、本来、純粋な意味での独創性というものはないのかもしれません。

すべては自然の模倣にすぎないといえます。

科学において、法則を発見することは高く評価されますが、それはもともと自然界にあったものです。

科学はその後追いをして法則を見つけるだけです。


もし、独創性ということを問題にするなら、カビのほうが人間よりもずっと独創的です。

彼らは状況に応じて自分をどんどん変えていくことができるので、これ以上、独創的な存在はありません。

病原菌も薬剤に対する耐性を身につけて、それが効かないように変化しながら生き延びていきます。


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立命館アジア太平洋学長の出口治明氏はこう語る。


『日本人になぜ考える力が育たなかったのかというと、日本はいまだに、戦後うまくいった製造業の「工場モデル」――大量生産、大量消費を前提とした社会システムの延長線上で物事を考えてしまっているからです。

戦後、アメリカへのキャッチアップを目指して、工業立国として復興を行っていくなかで、日本は素直に働く協調性のある人を評価して大量に採用してきました。

日本が独立を回復した1954年から、1991年にバブルがピークをつけるまで、平均7%弱の成長が続き、「黙って働けば10年で所得がほぼ倍になる」時代が続いたのです。

たとえばカラーテレビをつくる工場では、我慢強くて、上司の言うことを黙って聞き、長時間労働も辞さず、仲間と協調して、明るく淡々と働く人が評価されました。』


つまり、戦後は、焼け野原となった日本を再興させるため、日本は工業立国をめざした。

それら工場を支えるため、素直に働く協調性のある人たちを量産する教育をしてきたのだ。

それは当時、決して悪いことではなかったが、個性や独創性が蝕(むしば)まれてきたのも事実だ。


しかし、昨今は個性や独創性を強調するあまり、逆の現象として、利己的な人たちが増えてきてしまった。

すべてのことには、裏もあれば表もある。

片面だけを強調すれば、もう片方の事実に矛盾する。


コロナ禍における自粛警察のように、正義感も行き過ぎれば、暴走する。

母親の愛情も行き過ぎれば、過保護となり、天真爛漫な子どもも、行き過ぎればわがままとなる。

なにごとも行き過ぎれば、悪となる。


「中庸(ちゅうよう)は徳の至れるものなり」(論語)

なにごとも、白黒をつけるように、やりすぎるのはよくない。

そうはいっても、遠慮しすぎるのもよくない。

かたよらず、ほどほどのバランスのとれた生き方が、徳のある立派な生き方だ。


個性と創造性は大事だが、協調性やマネることも大事。

中庸の生き方を目指したい。






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