人の心に灯をともす 5939 縁の下の力持ち

【縁の下の力持ち】5939



桝野俊明(しゅんみょう)氏の心に響く言葉より…



仕事でも、趣味でも、スポーツなどの勝負事でも、他人より一歩抜きん出たいという気持ちは誰にでもあるものです。

それが自己研鑽の動機になって、自分を向上させるエネルギーにもなります。

ただし、仕事にはチームワークがありますし、チーム内の上下関係もある。そのあたりの配慮なしに突っ走るのは問題ありです。


「四〇歳前には人の前に立つな」ということがいわれます。

不惑の四〇歳になるまで は自分の地歩を固めることに努め、他人のために縁の下の力持ちに徹することも厭わない。

それが自分を成長させる肥やしになる、ということです。


相応の能力があっても、若くして前に出ようとすると、周囲から引き戻す力が働きます。

経験不足や未熟さからミスでも犯せば、「それ見たことか!」と一斉砲火を浴びせられることにもなりかねない。


一方、前に立つことをせず、「利他」、つまり、まず他人を利することで、他人のためになることを優先させて自分を鍛え上げてきた人は、四〇代になると、周囲から自然に前に押し出されるようになるのです。

たとえば、プロジェクトの立ち上げの際、「リーダーは彼以外にいない」という声が一斉にあがる。

不動のリーダーとはそういうものです。


『生きるのがラクになる「心の洗い方」』三笠書房
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四十歳でなくても、それが五十、六十であっても、他人のための縁の下の力持ちに徹することが必要な時はある。

チームには役割があり、誰かがリーダーとなったら、それを補佐するのも大切な役割だからだ。

それを「下座行(げざぎょう)」という。


森信三師は「下座行」についてこう語っている。

『人間を鍛えていく土台は、一体どういうものかというに、私はそれは「下座行」というものではないかと思うのです。

たとえその人が、いかに才知才能に優れた人であっても、またどれほど人物の立派な人であっても、下座を行じた経験を持たない人ですと、どこか保証しきれない危なっかしさの付きまとうのを、免れないように思うのです。

ではここで「下座行」というのは、一体どういうことかと申しますと、自分を人よりも一段と低い位置に身を置くことです。

言い換えれば、その人の真の値打ちよりも、二、三段下がった位置に身を置いて、しかもそれが「行」と言われる以上、いわゆる落伍者というのではなくて、その地位に安んじて、わが身の修養に励むことを言うのです。

そしてそれによって、自分の傲慢心が打ち砕かれるわけです。』(運命を創る/致知出版社)より


縁の下の力持ちに徹している人は、必ず誰かにその働きを見られている。

みんなでドブ掃除などをしているとき、誰がしっかり働いていて、誰が要領よく怠けているのか不思議とわかってしまう。


「縁の下の力持ち」という言葉を胸に刻みたい。





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