人の心に灯をともす 4066 予測不能な時代を生き抜く、雑草という戦略

【予測不能な時代を生き抜く、雑草という戦略】4066



農学博士・静岡大学教授、稲垣栄洋(ひでひろ)氏の心に響く言葉より…


かつて、「大きいことは良いことだ」という時代が、間違いなくあった。

これは企業やビジネスの話ではない。

植物の世界の話である。


植物は、大きい方が有利である。

何しろ、植物は光を受けて光合成をしなければ、生きていくことができない。

隣の植物よりも大きい方が、より高い位置で光を存分に受けることができる。

大きいということは、それだけ競争力が強いということなのだ。


大きい方が有利である。

他の植物の影に入っては、十分に光合成をすることができない。

そのため、隣の植物も、もっともっと大きくなろうと背を伸ばす。

こうして、植物たちは、競い合って大きくなろうとするのだ。


恐竜の時代がまさにそうである。

恐竜の時代には、巨大化した植物が森を作っていた。

植物にとって体が大きいということは、他にも良いことがある。

植物をエサにしようと、草食の恐竜がやってくる。

背が高く、高いところに葉を茂らせていれば、食べられずに身を守ることができるのだ。

もちろん、それでは草食恐竜も絶滅してしまうから、恐竜は恐竜で背の高い植物を食べられるように、体を大きくしていった。


植物は、大きくなった恐竜に食べられないように、ますます大きくなる。

そして、恐竜は大きくなった植物を食べるためにに、さらに大きくなる。

こうして、植物と恐竜は、競い合うように巨大化していった。


こうなると、巨大化の競争は止まらない。

とにかく、巨大な者が有利である。

植物たちは、ライバルとなる他の植物や敵である草食恐竜と競争を繰り広げ、巨大化の道を進んでいったのである。


自然界は競争社会である。

強い物が勝つ、それが競争社会だ。

強くなるためには、大きくなることが効果的だ。

とにかく、巨大であることが強さの証しなのだ。


そのはずだった。

ところが、やがてそんな時代が、終わりを告げる。

じつは恐竜の時代の終わりごろになると、植物の世界に、ある「イノベーション」が起きる。

それが「草」である。

草は、大きくなることはない。

地面に近いところに生えるだけである。

「大きいことこそが、良いことだ」という従来の価値観を、草というイノベーションは、完全に覆した。

まさに新しい時代が到来したのである。


私たちが一般に「草」と呼ぶ草本(そうほん)植物は、巨大化した木が新しい時代に進化を遂げたスタイルなのである。

恐竜が繁栄した時代は、気温も高く、光合成に必要な二酸化炭素濃度も高かった。

植物の成長にとって、恵まれた環境だったのだ。

そのため、植物も成長が旺盛で、巨大化することができたのである。


しかし、やがてそんな時代は終焉を迎える。

そして、「環境が変化する」時代が訪れるのである。

この頃になると、マントル対流によって、それまで地球上に一つしかなかった大陸が、分裂し、移動するようになった。

分裂した大陸と大陸とが衝突すると、ぶつかった歪みが盛り上がって、山脈を作る。

すると山脈にぶつかった風は雲となり、雨を降らせるようになる。

こうして地殻変動が起こることによって、気候も変動し、不安定になっていったのである。


山に降った雨は、川となり、土砂を運び、やがて下流に堆積(たいせき)して三角州を築いていく。

草が誕生したのは、このような三角州であったと考えられる。

新たな時代に誕生した「三角州」という環境はじつに不安定である。

何しろ、いつ大雨が降り、洪水が起こるかわからない。

川が氾濫して土砂を削り取ったかと思えば、再び氾濫して、今度は土砂を堆積する。

川の流れは、まったくの気まぐれなのだ。


そんな環境では、ゆっくりと時間を掛けて大木になっている余裕はない。

そこで、短い時間に成長して花を咲かせ、種子を残して世代交代する「草」が発達していったのである。

「大きいことは良いことだ」と言われた時代から、「スピードと変革の時代」へと時代は移り変わっていったのである。


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本書の巻末にこんな言葉がある。

『雑草は困り者である。

やっかいな存在である。

それなのに、不思議なことに日本語には、「雑草魂」という言葉がある。

あるいは、「雑草軍団」という言葉もある。

スポーツの世界では、エリートではない無名の努力家たちは「雑草軍団」と称されるのだ。

エリート軍団と雑草軍団が試合をした場合、日本人の多くは雑草軍団を応援してしまう。

雑草とは、悪者の存在であるはずなのに、日本人は「雑草」という言葉を良い意味にも使ってしまうのである。

「あなたは、温室育ちの人ですね」と言われるよりも、雑草と言われたい人の方が多いだろう。

「雑草」がほめ言葉に使われたり、「雑草」と呼ばれて喜ぶのは、私が知る限り日本人くらいのものだろう。

雑草は、「逆境」と「変化」をプラスに転じて、強さに変えていった。

日本は、変化を好む国である。

不安定さに価値を見出す国である。

そう聞くと、そんなことはないと反論される方もいるだろう。

日本は島国で、国境を変えるような大きな戦乱もないし、革命もない。

しかし、日本の自然は不安定である。

常に変化していく自然。

そんな自然を見たときに、人々は刹那(せつな)を感じずにはいられない。

「今」の大切さを感じずにはいられない。

日本人は安定ではなく、変化する不安定さの中に価値を見出してきたのである。

仏教では、「諸行無常」と説く。

諸行無常とは、「この世に形あるすべてのものは、不定であり、たえず変化している。同じ状態を保っているものはない」という意味である。

そして、日本の自然には、とてつもなく大きな変化がある。

「天災」である。

日本は世界でも稀に見る天災の多い国である。

今に続く日本の歴史の中で、私たちの祖先は幾たびもの災害に遭遇し、それを乗り越えてきた。

毎年のように日本のどこかで水害があり、毎年のように日本のどこかで地震の被害がある。

現在でもこれだけの被害があるのだから、防災設備や予測技術がなかった昔の日本であればなおさらだろう。

大きな変化が起きたとき、日本人は強さを発揮する。

東日本大震災のときに、日本人はパニックを起こすこともなく、秩序を保ち長い列を作った。

そして、助け合い、支え合い天災を乗り越えたのだ。

そして、変化を乗り越えるたびに日本は強くなっていく。

逆境を力に変える。

変化を力に変える。

それこそが、この国の「強さ」なのである。

日本こそ、雑草に戦略を学ぶことのできる国である。

そして、「雑」の哲学を持つ国なのである。』



稲垣氏はこういう。

「雑草は踏まれても立ち上がる」というのは誤りだ。

「雑草は踏まれたら立ち上がらない」というのが、本当の雑草魂だという。

雑草にとって大切なことは種子を作ること。

いかにして種子を残すかに全力を尽くすのだという。

それが、予測不能な変化を生きる雑草の戦略だ。



『帝国データバンクの調査によると、金剛組のような千年以上続く老舗(しにせ)が7社。

500年以上が39社、300年以上が605社となっている。

200年以上は韓国ゼロ、中国9、インド3に対して、日本はなんと3000。

世界に7000あるといわれる200年企業のうち、実に半分近くが日本に集中していることになる。

また、老舗研究の専門家によれば、100年以上は世界の中でも断トツの10万軒以上にのぼるのだという。』(2011年、月刊致知2月号/“老舗企業を貫く志”)より



日本は、予測不能な変化を生き抜く力を、世界で最も持っている国。
 
だからこそ、この未曾有(みぞう)の危機のコロナ禍ではあるが、これも世界で最もうまく切り抜けられるはずだ。 


日本は、変化を好む国であり、不安定さに価値を見出す国。

今こそ、心に、雑草魂をよみがえらせたい。





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