人の心に灯をともす 4132 デタラメに決める

【デタラメに決める】4132



ひろさちや氏の心に響く言葉より…


私はいつも財布にサイコロを入れて持ち歩いています。

何かに迷ったら、奇数か偶数かで決めます。

天丼かうな丼かどちらにしようか…。

そもそも迷うというのは、どちらでもいいから迷うのです。


うなぎが嫌いなら、迷ったりしません。

そいういうときには、デタラメに決めるにかぎります。

デタラメというと、誤解を招きそうですが、これは「出たら目」。

出た目に従う。

出したのはほとけ様なのだから、ほとけ様に決めてもらう、ということです。 


大学の先生をやっていたとき、ときどき学生が相談に来ました。

「この大学やめようと思っているんです。来年東大を受けようかと…」。

毎年5月くらいになると、相談者は増えます。

「君、大学やめてもいいの?」

「やめてもいいんです」

「この大学にのこってもいいの?」

「はい、のこってもいいんです」

とこんな調子です。

「四分六ぐらい?どちらの分が多いの?」

「いえ、五分五分です」

私はサイコロをとりだして、学生に渡します。

「振ってごらん。奇数が出たらやめる、偶数が出たら残る」

すると学生はあわてます。

「先生、ふざけないでください。僕はまじめに相談に来たんですよ」

「私もまじめに答えているんだよ。あなたの人生にどっちがよかったかなんて、絶対にわからない」

と言い返す。


人間には、未来を決める権利などありません。

よかったという判断もつかない。

大学受験に合格してよかったと言うけれど、同級生と相性が悪くていじめられて自殺する青年もいます。

一年浪人して恋人に出会う可能性もある。

現役で入ったら、実力がなくて、中退するかもしれない。

一年間地力をたくわてから入ったほうがいいこともある。

どちらがいいかなんてわかりません。


私たちには未来はわからないのです。

キリスト教でもイスラム教でも、未来について知っているのは神だけです。

キリスト教ではこう言います。

「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけでじゅうぶんである」


イスラム教ではこう言います。

「もし神がお望みならば…」

これは「イン・シャー・アッラー」という言葉で、自分たちが未来を語るときには必ずこれを付け足すのです。


「私は明日これこれのことをすると言ってはならない、ただしイン・シャー・アッラーとつければよい」

だからイスラム圏の飛行機に乗ると、イン・シャー・アッラー」と言ったあとで「この飛行機はあと十五分で成田空港に到着します」とアナウンスが流れます。

つまり、神様が望むならこの飛行機は到着します。

もしもダメだったら墜落するかもしれません、ということです。


自分の未来を決める権利は、神様にしかありません。

私たちは権利放棄でいいのです。

これが宗教の教えです。


学生にもこの話をして、どちらがいいかなどわからない、ほとけ様、あるいは神様、それとも宇宙意志にお任せして、デタラメに決めたらいいと言うのです。

にもかかわらず、彼らは「先生のアドバイスが欲しい」と言う。

「今はしおらしくそんなことを言っているけども、あとになって何かつまずいたときには、必ず私を恨むようになる。先生にあんなこと言われたから、俺はこうなったんだって」

私はそんな相談には乗りたくありません。

あなたが自分で決めるほかない。


でも、自分で決められないから悩んでしまう。

だから、サイコロで決めなさいと言うのです。

でも、二十人相談に来て、サイコロを振ったのは二人くらいです。


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小林正観さんのこんな話がある。(豊かな心で豊かな暮らし)より

『たまたま一ヶ月ほどの間に、何人かの人から同じ質問を受けました。

「私に向いている職業は、どんなものでしょうか。正観さん、教えてください」というものでした。

もちろん、その数人は現在無職であるということでした。

私の答えはすべての人に対して同じでした。

「自分で好きな仕事、嫌いな仕事とより分けているうちは、宇宙さんも神も仏も味方をしないような気がします」と言いました。

自分にまわってきたことをやる、やる羽目になったことをやる、たまたまなにかの縁で声をかけられたり、頼まれたりしたらそれをやる。

そういうふうに考えていったら、職業はなんでもいいのです。

向き不向きというのがあるとは思えません。

向き不向きと言うのは、もしかすると自分の奢り、高ぶりなのかもしれません。

どんな仕事でも、誠実に真面目にやる。


真摯(しんし)に取り組む。

それに尽きるのではないでしょうか。

楽しい仕事というのがあるわけではないのです。

そんな仕事にいきなり恵まれてる人は、世の中にいないと思います。

好きだ、嫌いだと言うのではなくて、やる羽目になったことを、ただ淡々とやること。

それを真面目に誠実にやり続けること。これに尽きると思います』


「デタラメに決める」というのは、「たのまれごと」の人生を生きるのと同じだ。

人から頼まれたことや、たまたまやる羽目になったことを、文句を言わずにただひたすら真摯にやっていく、という人生。

「デタラメに決める」ことは、投げやりになったり、無気力にやることではない。

決まったことに対し、それが運命だと受け止め、誠実に真面目に努力する。


まさに、それが「お任せして生きる」という生き方。

「ここから先は神の領域」と思ったとき、ああだこうだとグダグダ言うことはなくなる。

それがストンと腹落ちしたとき、宇宙も、神も仏も応援してくれる。


未来は神のみぞ知る。

今、この一瞬を一所懸命に生きてゆきたい。






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