人の心に灯をともす 4185 難関を越える

【難関を越える】4185



致知出版代表、藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…


2016年の新春大会にご登場いただき、1200人の聴衆の心を深い感動で包んだ福島智(さとし)さん(東京大学教授)である。

福島さんのお話を初めてうかがった時、肌がチリチリむようなような衝撃を覚えた。

福島さんは3歳で右目を、9歳で左目を失明、全盲となった。


生来が楽天的、と本人はおっしゃるが、視力を失っても音の世界がある、耳を使えば外の世界と繋がることができると考え、実際、音楽やスポーツや落語に夢中になっていた、という。

だが、さらなる過酷な試練が全盲の少年を襲う。

14歳の頃から右耳が聞こえなくなり、18歳、高校2年の時に残された左耳も聞こえなくなってしまったのである。


全盲聾(ぜんもうろう)…光と音からまったく閉ざされた世界。

福島さんはその時の状態を「真っ暗な真空の宇宙空間に、ただ一人で浮かんでいる感じ」と表現している。


なぜぼくだけこんなに苦しまなければならないのか、これから先、ぼくはどうやって生きていけばよいのか…

不安、恐怖、懊悩(おうのう)の日々が続いた。


そんなある日。

母親の令子さんが福島さんの指を点字タイプライターのキーに見立てて「さとしわかるか」と打った。

「ああ、わかるで」と福島さんは答えた。


母親のこの指点字は壮大な転機となった。

福島さんは真っ暗な宇宙空間から人間の世界に戻ってきたのだ。

その時の感動を福島さんは詩に綴っている。


【指先の宇宙】

ぼくが光と音を失ったとき

そこにはことばがなかった

そして世界がなかった

ぼくは闇と静寂の中でただ一人

ことばをなくして座っていた


ぼくの指にきみの指が触れたとき

そこにことばが生まれた

ことばは光を放ちメロディーを呼び戻した


ぼくが指先を通してきみとコミュニケートするとき

そこに新たな宇宙が生まれ

ぼくは再び世界を発見した


コミュニケーションはぼくの命

ぼくの命はいつもことばとともにある

指先の宇宙で紡(つむ)ぎだされたことばとともに



この詩の意味するものは大きい。

福島さんだけではない。

すべての人の命は言葉とともにある。

言葉のないところに人間の命はない。


福島さんは身をもって、そのことを私たちに示してくれている。

同時にもう一つ大事なこと、絶望の淵から人間を救うのは言葉である、ということ。


どのような人生の難関も言葉という通行証をてにすることで、乗り越えることができる、ということ。

そのことをこの詩は私たちに教えている。

福島さんのお話を聞き、著書を読んで強く感じたことがある。

福島さんには4つの特質がある、ということである。


1つは非常に明るいこと。

2つはユーモアがある。

3つは常に人に何をか与えようとしている。

そして4つは、自分が主語の人生を生きている、ということ。


そこには被害者意識は微塵(みじん)もない。

被害者意識で生きている人は何ごとであれ人のせいにする。


人のせいにしている人に難関は越えられない。

人生は開けない。

この4つの資質こそ、福島さんをして、普通の人なら絶望してしまいかねない人生の難関を越えさせた秘訣であるように思うのである。


『二度とない人生をどう生きるか』致知出版社
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「はだかにて生まれてきたに何不足」

という俳句の小林一茶の句がある。


我々は、元々、はだかで生まれてきた。

それが長じるにしたがって、不平不満、欲、嫉妬、愚痴、などを頻繁に言うようになる。


だがしかし、この福島さんのことを知ったとき、なんと我々は、人のせいにしたり、不平や不満を言っていたのかに気づく。


本当は…

目が見えることに感謝。

耳が聞こえることに感謝。

手が動き、足が動くことに感謝。


当たり前の日常を過ごせることに…

我々は、今一度、深い感謝の念を持ちたい。






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