人の心に灯をともす 3107 口善人と呼ばれないために

【口善人と呼ばれないために】3107


北川八郎氏の心に響く言葉より…


《釈尊はいう。まず自分を正しく整え、次いで他人に教えよ。そうすれば煩わされて悩むことが無いだろう。他人に教える通りに、自分でも行え。自己は実に制し難いからである。》


本当に自己は制し難い。

人に忠告するのは簡単である。

人に良きことを説きたければたくさんの本を読み、そのことばを伝えれば良い。

しかし、頭で考えたことや、自分がなし得ないことをいくら説いたところで、ことばに光や、重みがないので、人の心にはしみ込まない。

不思議なことだ。


自分が体験し、苦しみ、そして平安や、安らぎを得て…釈尊のいわれる「先ず自分を正しく整えて」…初めて、人に喜びを与える感動等がことばになる。

その時こそ平凡な、使い古されたことばでも、人の心を打つ。

ことばにエネルギーが乗り、人の心に飛んでゆくからだ。


NHKのTV番組で、ある県の健康大会の模様を中継しているのを見ていた。

その中で、司会者を挟んで両側に東大の先生が座り、タバコの害をしきりにグラフや数字で示していた。

喫煙がガンの原因になることを説き終わり、「ところで、両先鋭も、タバコは吸われないんですよね」と司会者がいった時、二人とも「いえまだ吸っています」と答えた。

その瞬間、今までの講義内容は苦笑とともに消え去ってしまった。


東大の先生であろうと…まず、「自分を正しく整え、次いで他人に教えよ」と2500年前に釈尊は教えている。

そうすれば、その東大の先生が信を失うことはなかったであろう。


たくさん良きことを口にしていると、それが自然に自分の耳に入り、自分が少しずつ正されてゆく。

良きことを行い、良きことを口にし続けると、自分が少しずつ修正されて澄んでくるのが解る。

自分がなさないことを口にして、人を諭すのを名づけて口善人と呼んでいる。

私自身への警告である。

口善人と呼ばれないために、出来ないことは口にしない。


『ブッダのことば 「百言百話」』致知出版社






「修身斉家治国平天下 (しゅうしんせいか ちこくへいてんか)」という言葉が「大学」にある。

「大学」とは、中国の儒教の「四書五経」のうちの、最も大事だとされる教え。

あの、銅像でよく見かける、薪を背負っている二宮金次郎が読んでいる書物が、この「大学」だ。


天下をおさめるには、先ず自分の心を鍛え、身を修める。

そして次に家庭をしっかりとととのえ、そののちに天下を平らかにするということ。


親でも教師でも、経営者でもリーダー的な立場にある人が、口で言っていることと、やっていることが違ったら、誰もついてこなくなる。

自分を修めることができていない人は、人にモノを教えたり、導いたリすることはできない。


親は、往々にして、自分ができなかったことを子供に要求する。

教師も、経営者もまた然(しか)り。


他人に言うのは簡単だが、自分を律することはまことに難しい。

口善人と呼ばれないために…

いくつになっても、自分の行いを律し、身を修める人生を歩みたい。






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