人の心に灯をともす 3659 すぐれた「職人技」のほとんどがデジタル化できる

【すぐれた「職人技」のほとんどがデジタル化できる】3659



堀江貴文氏の心に響く言葉より…


僕がツイッターで「寿司屋の修行なんて意味がない」と発言し、大炎上したことを、読者のみなさんは覚えているだろうか。

僕が指摘したのは「下積み原理主義者」や「“時間をかけて修行しなきゃ一人前になれない”原理主義者」のナンセンスさだ。


さまざまな発明品が生み出され、産業革命やIT革命が起こったわけだが、それ以前の時代、職人は手作業でモノをつくっていた。

グーテンベルクの活版印刷技術がなかった頃、人々は口伝(くちづて)で物語を伝承したり、膨大な手間と時間をかけて写本したりしていたわけだ。

しかし、紙が安価に大量生産できるようになり、印刷機がつくられたおかげで、300円足らずで分厚い「週刊少年ジャンプ」を買える便利な世の中になった。

せっかく技術革新が起きたというのに「手書きでメモしなければ勉強が頭に入らない」とか「包丁を握るなんて10年早い」などとのたもう、精神論や根性論をふりかざす昭和なオッサンは滑稽だ。


僕は、「すぐれた職人の技」を機械で再現する方法を模索しなければならないと考えている。

匠(たくみ)の技をデジタル化できなければ、後継者が技術を伝承しない限り、その技は永久に失われてしまう。


実は匠の技のほとんどはデジタル化できる。

日本酒「獺祭(だっさい)」を世界で大ヒットさせた旭酒造がその代表格だ。

旭酒造は1770年、山口県岩国市の片田舎で創業した。

杜氏(とうじ・酒造りの責任者的存在)に逃げられてしまったことをきっかけに、桜井博志社長は「杜氏による酒造りをやめて、社員だけで酒を造ろう」と思い立つ。

「大変だから一緒にがんばるよと言ってくれた杜氏さんがいたら、今はなかったですね」と桜井社長は述懐する。


旭酒造は、杜氏が何百年にもわたってアナログな改良を積み重ねてきた「伝統の技」をデジタル化した。

「勘」に頼り、酒蔵で寝泊まりする長時間労働をやめたのだ。

米を23%まで磨きぬき、日本酒が苦手な人でもおいしく飲める純米大吟醸を開発した。

さらに酒蔵内を常に気温5度に保つ空調設備を導入し、一年中酒造りができる生産体制を整えた。

その結果、獺祭は年間売上140億に迫る急成長を続けている。

いまや「Dassai」のレーベルは、世界中のグルメにその名を知られるようになった。


もともと酒造りは冬限定の仕事だった。

空調設備のない時代には、真夏に酒造りをするわけにはいかない。

寒い冬場だけ杜氏は酒蔵にこもり、夏には農業など別の仕事をしていた。

今は酒蔵を365日、キンキンに冷やせる時代だというのに、考えてみれば酒造りを農閑期にしかやらないなんておかしい。

桜井社長はそこに目をつけたのだ。

「杜氏の技術がデジタル化できるわけがない」という言い分は、凝り固まった思い込みにすぎない。


イチローや落合博滿、松井秀喜のバットをオーダーメイドでつくってきた久保田五十一氏というバット職人がいる。

こうした匠の技は機械化不可能だと思っている人が多いようだが、そんなことはない。

コストの問題で機械をつくらないだけだ。

日本刀にしても、南部鉄器や山形鋳物にしても、小規模ロットの超高品質製品を機械でつくろうと思ったら膨大なコストがかかる。

そうした匠の技が機械化されないのは、たんに採算が合わないからだ。


誤解しないでほしいのだが、僕は「職人なんて、もはや世の中に必要ない」と言っているわけではない。

その反対で、職人の数が今よりもっと増えてほしいと願っている。

近年、職人の仕事をやりたがる人は少なく、後継者不足、担い手不足が深刻なのだ。


僕の知っている「イケてる職人」たちは、「匠の技は機械で再現できる」と断言する。

自分にしかできなかった仕事が機械でも再現できるようになれば、彼らはほかの新しい仕事に時間を割くことができる。

クリエイティブな仕事をしている人たちにとっては、願ってもないことである。


昔はみんなソロバンをはじいて手作業で計算し、膨大な書類を手書きで作成していた。

そんな仕事のほとんどが現にデジタル化しているわけだし、半導体や原子力発電のようなハイテク産業も機械化されているではないか。

アナログな職人は機械と共存共栄できる。

そうすれば、職人の仕事の幅は広がり、収入だって大幅に増えるのだ。


《大ヒット日本酒の「獺祭」の製法はデジタル化されている》

《「イケてる職人」は技術のデジタル化に積極的だ》

《「仕事」は機械に任せ、イノベーションに取り組もう》


『疑う力』宝島社



成毛眞氏は「AIに取って代わらわれる仕事」についてこう語る。(AI時代の子育て戦略)より

『AIのシステムに100億円を投資しても、それを導入することによってコストが500億円カットできるなら、企業は迷わず投資する。

その典型例が自動運転だ。

一方で、両者の中間に位置する仕事は、そう簡単にはなくならないのではないか。

たとえば、お神輿(みこし)をつくっている職人は日本全国に数えるほどしか存在しないだろう。

そこに50億円くらい投資して職人ロボットをつくったところで回収不可能だから手を出すわけがない。

要するに、自分がやっている・やろうとする仕事が「過去のデータが膨大に蓄積されている仕事」「AI化することで大量に人員を削減できる仕事」に該当しているかと言うだけの話。』


ある業界や会社において、AI化やロボット化ができるかどうかは、基本的には、投下コストがそれに見合うかどうかの問題だ。

職人ではないが、弁護士や医師などの士業も、「過去のデータが膨大に蓄積されている仕事」だから、間違いなくAIに順次代わっていく。

杜氏もそれと同様だ。


すぐれた「職人技」のほとんどがデジタル化できる…

時代の変化に合わせ、自分の考え方や生き方を進化させていく必要がある。








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