人の心に灯をともす 3405 この世へ何をしにきたのか

【この世へ何をしにきたのか】3405



稲盛和夫氏の心に響く言葉より…


私たち人間が生きている意味、人生の目的はどこにあるのでしょうか。

その根源的な問いかけに、私は真正面から、それは「心を高める」こと、「魂を磨く」ことにあると答えたいと思います。


欲に迷い、惑うのが、人間という生き物の性(さが)です。

放っておけば、私たちは際限なく財産や地位、名誉を欲しがり、快楽に溺れかねない存在です。

生きている限り、衣食が足りていなくてはなりませんし、不自由なく暮らしていけるだけのお金も必要です。

立身出世を望むことも生きるエネルギーとなるだけに、一概(いちがい)に否定すべきものでもないでしょう。


しかし、そういうものはいくらたくさん溜(た)め込んだとしても、どれ一つとしてあの世へ持ち越すことはできません。

この世のことは、この世限りでいったん清算しなくてはならないのです。

そのような中で、たった一つだけ滅びないものがあるとすれば、それは、「魂」というものなのではないでしょうか。


死を迎えるときには、現世でつくりあげた地位も名誉も財産もすべて脱ぎ捨て、「魂」だけ携えて、新しい旅立ちをしなくてはなりません。

だから、「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、私は、「生まれたときより、少しでもましな人間になる、すなわち、わずかなりとも美しく崇高な魂を持って死んでいくためだ」と答えます。


様々な苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながら、息絶えるその日まで、倦(う)まず弛(たゆ)まず一所懸命に生きていく。

その日々を磨砂(みがきずな)として、人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも少しでも高い次元の魂を持ってこの世を去っていく。

私はこのことよりほかに、人間が生きる目的はないと思うのです。


昨日よりましな今日、今日よりよき明日であろうと、日々誠実に努め続ける。

その倦まぬ営みにこそ私たちが生きる目的や価値が、たしかに存在しているのではないでしょうか。


人生における労苦とは、己の人間性を鍛えるための絶好のチャンスなのです。

試練を、そのように絶好の成長の機会としてとらえられることができる人、さらには、人生とは心を高めるために与えられた期間であり、魂を磨くための修養の場であると考えられる人…そういう人こそが、限りある人生を、豊かで実り多いものとし、周囲にも素晴らしい幸福をもたらすことができるのです。


『「成功」と「失敗」の法則』致知出版社





「ほほえみ読本」という小冊子の中に『捨てて』という詩がある。


『捨てて』

どんな大事なものでも

荷物はみんな捨ててください

自分のからだも捨てるんですよ

《三途(さんず)の川の番人のことば》


どんなにお金があろうが、何千坪もあるような豪華な家に住んでいようが、どんなにスタイルがよくて美人(美男子)であろうが、どんなに有名で役職があろうが、三途の川を渡る時は、みんな捨てていかなければならない。

この世に残していけるものがあるとするなら、それは人の心に残った思い出だけ。

それは、いい思い出も、嫌な思い出もある。


しかし、どうせ残すのなら…

どれだけ人が喜んでくれたのか。

どれだけ人の役に立ったのか。

どれだけ人に感謝されたのか。


それが、「人の心に灯をともす」ということ。


「この世へ何をしにきたのか」

少しでもましな人間になるため、日々、己の魂を磨き続けたい。








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