人の心に灯をともす 6141 人は誰でもほめられたくて生きている
【人は誰でもほめられたくて生きている】6141
小林正観さんの心に響く言葉より…
ある日突然、幼い子供は何を“生きがい”にして生きているのだろうか、とい う疑問が私の中に湧きました(幼い子とは小学生以下、くらいと考えてください)。
そう考えていたら、私なりの推論が浮かびました。
子供は、もしかしたら「ほめられたくて」生きているのではないかと。
“生きがい”が大げさなら、「何かをするための元気、エネルギー、その源」と言い換えてもよいかもしれません。
幼い子供は「誰かにほめられたくて」生きているのではないでしょうか。
その「誰か」とは、その子によっては親だったり、おじいちゃん・おばあちゃんであったり、学校の先生であったり、あるいは塾の先生であったりするかもしれません。
基本的には、信頼関係にある人です。
そういう人たちから「すごい」「よくやったね」と言われると、子供は本当にうれしそうな顔をします。
そして、さらにやる気になります。
やればやるほど、 すごい才能と集中力を示します。
子供は「ほめられたくて、ほめられたくて」しかたがないみたいです。
さらに考えます。
では中学生や高校生は・・・。
自分自身の興味や方向性が出てはくるものの、陸上競技をやるにしても絵画をやるにしても、誰もほめてくれなければ、たぶん早い段階であきらめてしまうことでしょう。
その道を選んだのは本人でも、それを続けるエネルギーは、まわりの人の反応によるように思います。
青春期には、「ほめられたい人(相手)」が異性になります。
ある人と恋愛をする、ということは、その「特別な人」「特定の人」から「ほめられたい」ということなのかもしれません。
そういう人を確保することが、“恋愛”というものの本質だとしたら・・・。
結婚し、家庭をもっても、妻はいつも夫にほめられたいと思い、夫も妻にほめられたいと思っているはずです。
そういう人を選んで結婚したのですから。
妻は「料理がおいしい」と言われれば、結婚して何年たっていてもうれしいし、 夫も「日曜大工がこんなに上手だとは思わなかった」と言われれば、どんどん作ってしまおうと思うでしょう。
「恋愛」や「結婚」の本質が、「好き」という概念よりも「この人からほめられ たい」という概念に近いものであることに気づけば、結婚生活の中で何を続けていくべきかがわかります。
「好き」「愛してる」と言いつづけることも素敵ですが、 それが言いにくい日本の夫婦の場合は、「ほめる」ということで、互いを選んだことの本質をずっと確認しつづけ、維持できるような気がします。
『「き・く・あ」の実践』サンマーク文庫
https://q.bmd.jp/91/119/8703/__no__
『人は賞賛を渇望する動物である』(田中真澄)
という言葉がある。
人は、誰かにほめられたくて仕方のない生き物なのだ。
それは、別の言葉でいうと、「認めてもらいたい」「評価してもらいたい」「共感して欲しい」「肯定して欲しい」ということでもある。
人は、何歳になっても、どんな立場でも、誰かにほめられたくてウズウズして生きている。
「賞賛する」の反対は、「けなす」「非難する」「あざける」だ。
ネット上では、この「けなす」「非難する」「あざける」が横行している。
自分と意見が違う人を、強い口調で口汚く否定するのだ。
子どもも大人も、男性も女性も、本当は、ほめられたくて仕方がない。
「きれいだね」「素敵だね」「かっこいいね」「かわいいね」「明るいね」「元気だね」・・・。
すべて、「肯定」「認める」「共感」「好評価」だ。
そして究極の、肯定は「ありがとう」という感謝の言葉。
「人は誰でもほめられたくて生きている」という言葉を胸に刻みたい。
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小林正観さんの心に響く言葉より…
ある日突然、幼い子供は何を“生きがい”にして生きているのだろうか、とい う疑問が私の中に湧きました(幼い子とは小学生以下、くらいと考えてください)。
そう考えていたら、私なりの推論が浮かびました。
子供は、もしかしたら「ほめられたくて」生きているのではないかと。
“生きがい”が大げさなら、「何かをするための元気、エネルギー、その源」と言い換えてもよいかもしれません。
幼い子供は「誰かにほめられたくて」生きているのではないでしょうか。
その「誰か」とは、その子によっては親だったり、おじいちゃん・おばあちゃんであったり、学校の先生であったり、あるいは塾の先生であったりするかもしれません。
基本的には、信頼関係にある人です。
そういう人たちから「すごい」「よくやったね」と言われると、子供は本当にうれしそうな顔をします。
そして、さらにやる気になります。
やればやるほど、 すごい才能と集中力を示します。
子供は「ほめられたくて、ほめられたくて」しかたがないみたいです。
さらに考えます。
では中学生や高校生は・・・。
自分自身の興味や方向性が出てはくるものの、陸上競技をやるにしても絵画をやるにしても、誰もほめてくれなければ、たぶん早い段階であきらめてしまうことでしょう。
その道を選んだのは本人でも、それを続けるエネルギーは、まわりの人の反応によるように思います。
青春期には、「ほめられたい人(相手)」が異性になります。
ある人と恋愛をする、ということは、その「特別な人」「特定の人」から「ほめられたい」ということなのかもしれません。
そういう人を確保することが、“恋愛”というものの本質だとしたら・・・。
結婚し、家庭をもっても、妻はいつも夫にほめられたいと思い、夫も妻にほめられたいと思っているはずです。
そういう人を選んで結婚したのですから。
妻は「料理がおいしい」と言われれば、結婚して何年たっていてもうれしいし、 夫も「日曜大工がこんなに上手だとは思わなかった」と言われれば、どんどん作ってしまおうと思うでしょう。
「恋愛」や「結婚」の本質が、「好き」という概念よりも「この人からほめられ たい」という概念に近いものであることに気づけば、結婚生活の中で何を続けていくべきかがわかります。
「好き」「愛してる」と言いつづけることも素敵ですが、 それが言いにくい日本の夫婦の場合は、「ほめる」ということで、互いを選んだことの本質をずっと確認しつづけ、維持できるような気がします。
『「き・く・あ」の実践』サンマーク文庫
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『人は賞賛を渇望する動物である』(田中真澄)
という言葉がある。
人は、誰かにほめられたくて仕方のない生き物なのだ。
それは、別の言葉でいうと、「認めてもらいたい」「評価してもらいたい」「共感して欲しい」「肯定して欲しい」ということでもある。
人は、何歳になっても、どんな立場でも、誰かにほめられたくてウズウズして生きている。
「賞賛する」の反対は、「けなす」「非難する」「あざける」だ。
ネット上では、この「けなす」「非難する」「あざける」が横行している。
自分と意見が違う人を、強い口調で口汚く否定するのだ。
子どもも大人も、男性も女性も、本当は、ほめられたくて仕方がない。
「きれいだね」「素敵だね」「かっこいいね」「かわいいね」「明るいね」「元気だね」・・・。
すべて、「肯定」「認める」「共感」「好評価」だ。
そして究極の、肯定は「ありがとう」という感謝の言葉。
「人は誰でもほめられたくて生きている」という言葉を胸に刻みたい。
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