人の心に灯をともす 4680 目に見えないところで誠を尽くす

【目に見えないところで誠を尽くす】4680



渡部昇一氏の心に響く言葉より…


勝負の帰趨(きすう)はそのときの運に左右される。

運というのはあるのかないのか。

あるようでもあるし、ないようでもあるが、なにがしの気配が働いて運を左右するということはありそうだ。

そのなにがしの気配を働かせて福運を招き寄せるものはなにか。

結局、そういう目に見えないところでの行為、目に見えないところで尽くす誠実、といったものなのではないでしょうか。



よく「運は運なり巡るなり」といって、どう転ぶかわからないものです。

わからないから運なんです。

こうすればこうなる、というのは数学か自然科学で、因果律です。

でも、運というのは因果律じゃないから、方程式は成り立たない。

それは、ある日ある時、天の一角からやってくるものなんです。


『渡部昇一 一日一言』致知出版社
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本書の中に「運」についてのこんな言葉があった。


『ラテン語の諺に

「神は長き間に拒絶せるものを、しばしば短き一瞬にして与えたもう」

という言葉があります。

これは長い間一所懸命やってもうまくいかなかったことが、一瞬にして好転するということです。

15世紀にの修道士トーマス・ケビンスが「キリストの倣(まね)び」について書いていることですが、神に拒絶されつづけているときにヘタってしまえば、好転する一瞬は訪れません。

不遇であろうが不景気であろうが、くたびれずに毅然としていなければならない。』



「天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず」という老子の言葉がある。

天の張る網の目は、一見すると粗いようだが、悪人を網の目から逃すことはない、ということ。

天は必ず見ていて、悪事を見逃すことはない、と。

つまり、「お天道様は見てござる」。


だからこそ、人が見ていようが見ていまいが、そこで誠(まこと)のかぎりを尽くすこと、利他の心で行動することが、運を招くことになる。

誠実さとはまさにそのことだ。


今、話題の大リーグの大谷翔平選手が、マスコミから「なぜゴミを拾うのか?」と聞かれたとき、こう答えたという。

「ゴミは人が落した運。ゴミを拾うことで運を拾う。それが自分にツキを呼ぶ、と高校の恩師から教えられたから」、と言い、恩師への感謝の心も忘れない。


そして、大事なのは続けること。

それを…

「自彊不息(じきょうやまず)」(易経)

という。

自彊とは、いくつになっても、自ら勉強し、努力すること。


目に見えないところで、誠を尽くし、勉強と努力を怠らない人でありたい。







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