人の心に灯をともす 4976 なくてはならぬ人になる

【なくてはならぬ人になる】4976



藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…


《一隅を照らす》

「古人言(いわ)く、径寸(けいすん)十枚、これ国宝に非(あら)ず。一隅を照す、これ則(すなわ)ち国宝なり、と」


伝教大師最澄『天法華宗年(ほっけしゅうしゅうねん)分学生(ぶんがくしょう)式』の冒頭に出てくる言葉である。

これは最澄の師、唐の湛然(たんねん)の著『止観輔行伝弘決(しかんぶぎょうでんぐけつ)』にある次の話を踏まえている。


むかし、魏王(ぎおう)が言った。

「私の国には直径一寸の玉(ぎょく)が十枚あって、車 の前後を照らす。これが国の宝だ」。


すると、斉王(せいおう)が答えた。

「私の国にはそんな玉はない。だが、それぞれの一隅をしっかり守っている人材がいる。それぞれが自分の守る一隅を照らせば、車の前後どころか、千里を照らす。これこそ国の宝だ」と。


この話にこもる真実に深く感応したのが、安岡正篤(まさひろ)師である。

爾来(じらい)、 安岡師は「一燈照隅(いっとうしょうぐう)」を己の行とし、この一事を呼びかけ続けた。


「賢は賢なりに、愚は愚なりに、一つことを何十年と継続していけば、 必ずものになるものだ。

別に偉い人になる必要はないではないか。

社会のどこにあっても、その立場立場においてなくてはならぬ人になる。

その仕事を通じて世のため人のために貢献する。

そういう生き方を考えなければならない」


その立場立場においてなくてはならぬ人になる、一隅を照らすとはそのことだ、という安岡師の言葉には、私たちの心を奮起させるものがある。

国も社会も会社も自分の外側にあるもの、向こう側にあるもの、と人はともすれば考えがちである。

だが、そうではない。

そこに所属する一人ひとりの意識が国の品格を決め、社会の雰囲気を決め、社風を決定する。

一人ひとりが国であり社会であり会社なのである。

世界が激しく揺れ動いているいまこそ、一人ひとりに一隅を照らす生き方が求められているのではないだろうか。



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我々は、「偉い人になる」、「成功者になる」ことが人生の目的であるかのように、子どもの頃から意識づけられている。

しかし、本当は「一隅を照らす人」になることこそが、人生の本質だ。

一隅を照らす人は、人から必要とされる人。

人から必要とされる人は、人から喜ばれる人。

すると、なくてはならぬ人となる。


一つのことを何十年か続けると、ものになる。

ものになるとは、ほんものになるということ。

まさに、東井義雄先生のいう、「ほんものは続く、続けるとほんものになる」。


坂村真民さんにこんな詩がある。

『鈍刀をいくら磨いても無駄なことだというが、何もそんなことばに耳を借す必要はない。

せっせと磨くのだ。

刀は光らないかもしれないが、磨く本人が変わってくる。

つまり刀がすまぬすまぬと言いながら、磨く本人を光るものにしてくれるのだ』


愚は愚なりに、鈍は鈍なりに、己を磨き続けること。

「なくてはならぬ人」を目指したい。






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