人の心に灯をともす 4589 いのちをいただく

【いのちをいただく】4589



その絵本の帯に、一人の名もない主婦のメッセージが書かれていた。

「朗読を聴いて、うちのムスメが食事を残さなくなりました。


その絵本に食肉加工センターの「坂本さん」という人が登場する。

実在の人物である。

坂本さんの職場では毎日毎日たくさんの牛が殺され、その肉が市場に卸されている。

牛を殺すとき、牛と目が合う。

そのたびに坂本さんは、「いつかこの仕事をやめよう」と思っていた。


ある日の夕方、牛を荷台に乗せた一台のトラックがやってきた。

「明日の牛か…」と坂本さんは思った。

しかし、いつまで経っても荷台から牛が降りてこない。

不思議に思って覗いてみると、10歳くらいの女の子が、牛のお腹をさすりながら何か話し掛けている。

その声が聞こえてきた。


「みいちゃん、ごめんねぇ、みいちゃん、ごめんねぇ…」


坂本さんは思った、「見なきゃよかった」

女の子のおじいちゃんが坂本さんに頭を下げた。


「みいちゃんはこの孫と一緒に育てました。だけん、ずっとうちに置いとくつもりでした。ばってん、みいちゃんば売らんと、お正月が来んとです。明日はよろしくお願いします…」

「もうできん。もうこの仕事はやめよう」と思った坂本さん、明日の仕事を休むことにした。


家に帰ってから、そのことを小学生の息子のしのぶ君に話した。

しのぶ君はじっと聞いていた。


一緒にお風呂に入ったとき、しのぶ君は父親に言った。

「やっぱりお父さんがしてやってよ。心の無か人がしたら牛が苦しむけん」

しかし坂本さんは休むと決めていた。


翌日、学校に行く前に、しのぶ君はもう一度言った。

「お父さん、今日は行かなんよ!(行かないといけないよ)」

坂本さんの心が揺れた。

そしてしぶしぶ仕事場へと車を走らせた。


牛舎に入った。

坂本さんを見ると、他の牛と同じようにみいちゃんも角を下げて威嚇するポーズをとった。


「みいちゃん、ごめんよう。みいちゃんが肉にならんとみんなが困るけん。ごめんよう」

と言うと、みいちゃんは坂本さんに首をこすり付けてきた。


殺すとき、動いて急所をはずすと牛は苦しむ。

坂本さんが「じっとしとけよ、じっとしとけよ」と言うと、みいちゃんは動かなくなった。

次の瞬間、みいちゃんの目から大きな涙がこぼれ落ちた。

牛の涙を坂本さんは初めて見た。


その小学校(熊本県)では、助産師として日々キラキラと輝く命の誕生の瞬間に立ち会っている内田美智子さん(福岡県行橋市)と、酪農家が心を込めて育てた牛を毎日解体している坂本さんのお二人をお招きして、「いのち」のお話を聴くという授業をしたのだった。

その絵本は、坂本さんの話を聴いて感動した内田さんが、坂本さんにお願いして出版させてもらったのだそうだ。

その『いのちをいただく』(西日本新聞社)のあとがきに、内田さんはこう書いている。


「私たちは奪われた命の意味も考えず、毎日肉を食べています。自分で直接手を汚すこともなく、坂本さんのような方々の悲しみも苦しみも知らず、肉を食べています。『いただきます』『ごちそうさま』も言わずにご飯を食べることは私たちには許されないことです。感謝しないで食べるなんて許されないことです。食べ残すなんてもってのほかです…」

坂本さんも、内田さんも、ステキな人なんだろうけど、このお二人を呼んだ小学校もステキな学校だなぁと思う。

今日いただくいのちに…合掌。


『いま伝えたい!子どもの心を揺るがす “すごい”人たち』ごま書房新社
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「いただきます」とは、神におそなえしたものを頂(いただ)く、というのが語源。

お米や野菜を作ってくれた農家などの生産者、そしてそれを配送したり、料理を作ってくれた人等々、食にたずさわるすべての方々に対する感謝の意味が込められている。

そしてまた、命あるものをいただくことにより、我々が生きていける、という食材に対する感謝の意味も込められている。

それは、植物にしろ動物にしろ、その命を我々が奪っているということだからだ。


以前、学校の給食のときに、お金を払っているのになぜ、「いただきます」と言わなければならないのか、と文句を言った親がいた。

すべて物事をお金や損得で考えるという、悲しい思考がそこにある。


食事のとき、「いただきます」、食事が終わったら「ごちそうさまでした」という言葉。

日本に残るこの美しい言葉、感謝の言葉。


我々は、毎日「いのち」をいただいている。

「いただきます」という感謝の言葉を大切にする人でありたい。







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