人の心に灯をともす 4625 「心学」は人間学の基礎

【「心学」は人間学の基礎】4625



渡部昇一氏の心に響く言葉より…


本来、日本人というのは江戸時代以来の心学の影響で、自分を高めるということに熱心なんですよ。

心学というのは、神道であろうが儒教であろうが仏教であろうが、いいところがあればそれを取り入れて自分を磨くために役立てましょうという考え方です。

これは日本の思想の非常にユニークなところで、心というものがあって、その心とは玉みたいなものだと考えるのです。


そして、その玉を磨く「磨き砂」は、儒教を使ってもいいし、神道を使ってもいいし、仏教をつかってもいいじゃないか、と。

要するに、心が磨ければ何でもいいというわけです。

これはすごい発想で、いかなる外国の宗教にもない。


たとえば仏教なら仏様の道でしょう。

神道なら神様、儒教なら孔子様、キリスト教ならキリスト様、イスラム教ならマホメット様ですね。

その教えはバラバラでお互いに矛盾しているかもしれないけれど、皆、いいことをいっている。

これを玉のほうから見れば、ああ、役に立つなら何を使って磨いてもいいじゃないか、ということになる。

こういうい発想が日本人にはある。

これは人間学の基礎でもありますね。


『生き方の流儀』(渡部昇一&米長邦雄)致知出版社
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渡部昇一氏は「心学」についてこう語る。


『「心学」というのは特定の人に話すわけではなく、教える人が「自分の家に話を聞きにきなさい。誰でもかまいません。武士でも町人でも、老人でも子供でも女でもかまいませんよ」といって集めて、面白い話、たとえ話、みんなが納得すること、道歌などを聴かせていたのである。

つまり、いつの時代であれ、すべての人が話を聴くのは、たとえ話、偉い人の逸話などの面白いもので、しかも為になる話だったということなのである。

思想史の中では軽視されているといっていいが、日本を変える大きな力となったものに「心学」がある。

江戸時代に発達した心学は、仏教であろうが神道であろうが、儒教であろうが、心を磨く材料になるものはどんどん使えばいいと考えるユニークな思想であった。

この心学こそが、日本で生まれた真に日本的な思想であると私は思っている。

心学が最も大切にするのは「自分の心を磨く」ということであって、そのための材料になるものであればなんでも構わないから取り上げる。

宗教のように「最初に教義ありき」ではなく、「最初に心ありき」なのである。

つまり、心学は普通の宗教とは逆に人間中心であって、そうであればこそ、どんな偉大な宗教の思想も自分を磨くための材料になってしまうのである。

人間の心が銅の鏡であるとすれば、仏教も儒教も神道も、それを磨く「磨き砂」となるわけである。

このような心学の考え方は、日本の江戸時代が生んだ「人間主義」の思想といっていいと私は思っている。(「仕事の達人」の哲学/致知出版社)より



石田梅岩は、江戸時代に「石門心学」と呼ばれる思想を打ち立てた人だ。

当時、「士農工商」の封建社会の中で、商売の尊さや、利の大切さを教える梅岩の教えは画期的だった。

聴講料は無料、出入り自由、女性もOKの講義は、「勤勉・誠実・正直」の精神を伝えたという。

多くの人に伝えるには、分かりやすくなければならない。

たとえ話や、逸話や、体験談、など、誰もがあたかも情景が目に浮かぶような話をする人は、わかりやすく、ストンと腹に落ちる。

落語や講談がその最たるものだ。

落語の寄席に長く通った人に、講演が上手な人が多いのもうなずける話だ。


心を高め、心を磨く…

「心学」は、どんなに時代が変わろうと必要だ。





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