人の心に灯をともす 4676 顔は自分の顔であって、自分の顔ではない

【顔は自分の顔であって、自分の顔ではない】4676



平澤興氏の心に響く言葉より…



本当に人生を楽しむのは、80歳からである。

この年になって、がっくりする人と、新しい人生に燃える人が出て来る。

新しい人生に燃えるには、ファイト(気魄・活力・気力)が必要であるが、それはひたすら生かされているこの人生を喜びながら、自分の心に頭を下げ、自分に感謝しながら限りなき夢(希望)を求めるということである。


75、6歳から85、6歳までが一番伸びる時だ。

90歳まで生きないと本当の人生は分からない。

今に生きることが、限りない喜びであり、またとない楽しみである。


面白く、自然に、天地万物すべてのものに頭を下げ拝まざるを得ない気持ちになる。

つまらんことは、つまらんとして、又面白い。

それは四角四面の世の姿よりも、むしろ人生のバラエティーとしての味つけである。

問題はそれに執(とら)われるか執われないか、60歳にして、そんなことに執われるようでは、そんな心の窮屈さでは駄目である。


何を聞いても、それはそれとして面白く、自らの参考と興味になりこそすれ、一向心の邪魔にはならぬ。

そうなると若い頃のように、わる者とか、ばか者とかはなくなり、すべては人生の大芝居の一役を演じて居るだけであると思うようになる。

そういうふうに考えると、なにを見ても、なにを聞いても面白く、心の楽しみになるだけである。


若人を希望をもって成長させる。

愛のある目で見る人にはそれが出来る。


人生においては落着いた人になることである。

落着くとは神経質にならず、伸び伸びとやることが出来るようになることである。

人間は神経質の間は未熟である。



『平澤興語録 生きよう今日も喜んで』致知出版社
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平澤興氏は本書の中で「明るい顔」についてこう書いている。


『顔は自分の顔であって、自分の顔ではない。

人々から見る顔でもある。

全体としていつでも明るい顔は、心に明るさをもっているからである。

明るい顔は、明るい心。

明るい心は、やすらぎの心、感謝の心である。

それは人を明るくし、自分の健康を保つためにも一番大事なことである。

習慣的に、明るさを身につけることである。

常に明るくあるためには長い修練が必要である。

楽しんで自分の話を聞いてくれる人を傍(そば)にもつことは、世の中でまことに有難いことの一つである。

そういう人を友人にもてば、誠に人生は楽しい。』


自分の顔は、人が見るもの。

なかでも見られているのが「表情」。

もし、「暗い顔」「つまらなそうな顔」「嫌そうな顔」「怒っている顔」そして「不機嫌な顔」だとしたら…

ドイツの文豪ゲーテはこういった「人間最大の罪は不機嫌である」と。

なぜなら、それはまわりに伝染し、人を不機嫌にするからだ。


反対に、「明るい顔」「楽しそうな顔」「うれしそうな顔」「上機嫌な顔」そして、とびっきりの「笑顔」。

顔は美醜では決してない。

特に、それは年齢を重ねれば重ねるほど、大事になる。


人生を楽しむため、明るく、笑顔で暮らしたい。





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