人の心に灯をともす 4753 ソロエコノミーと江戸時代

【ソロエコノミーと江戸時代】4753



荒川和久氏の心に響く言葉より…


現代の日本の未婚率や離婚率の上昇に対して、「本来の日本人とは違う」と誤解されている方が多いようだが、むしろ逆である。

もともと日本人は未婚も離婚も多かった。

江戸時代から明治初期にかけての離婚率に関して言えば、当時の世界一だったかもしれないのだ。

現代の離婚率世界一はロシアの4.5(人口千人当たりの離婚者数。2012年)だが、江戸時代はそれを超える4.8だったと言われている。


未婚についても同様だ。

「17世紀くらいまでは日本の農村地域でさえ未婚が多かった」という。

結婚して子孫を残すというのはどちらかといえば身分や階層の高い者に限られており、本家ではない傍系の親族や使用人などの隷属農民たちは生涯未婚で過ごした人が多かった。

たとえば、1675年の信濃国湯船沢村の記録によれば、男の未婚率は全体で46%であるのに対して、傍系親族は62%、隷属農民は67%が未婚だった。


加えて、江戸は相当な男余りの都市だった。

1721年の江戸の町人人口(武士を除く)は約50万人だが、男性32万人に対し、女性18万人と圧倒的に男性人口が多かった。

つまり、江戸の男たちは、結婚したくても相手がいなかったということになる。

現代の日本も未婚男性が未婚女性に比べ300万人も多い男余り状態である。

江戸と今の日本はとても似ているのだ。


江戸初期の経済は、参勤交代によって江戸に集中した武士たちによって支えられていた。

いわば「BtoB経済」だった。

100万都市の江戸の人口の半分は武士だったと言われる。


独身男性であふれていた江戸だからこそ、今に続くたくさんの産業や文化が芽生えた。

その中でも、最も栄えたのが食産業だった。

今も独身男性の消費支出に占める食費の割合(エンゲル係数)は30%近くある。

特に外食比率が高いのだが、それは江戸のソロ男(だん)とて同じだった。


飲食店ができたきっかけは、1657年に発生した明暦の大火(振袖火事)と言われる。

明暦の大火で江戸の町は3分の2が消失、10万人以上の死者を出した。

その復旧作業のために、諸国から職人が大集結したが、そのほとんどはソロの男性である。

彼らは肉体労働者であり、食欲も旺盛だ。

さりとて、自炊する能力もない。


そんな彼らの需要と胃袋を満たすために、おふくろの味としての総菜を売る「煮売り屋」ができた。

この「煮売り屋」は大繁盛し、やがて「居酒屋」へと発展していくのである。

明暦の大火後、幕府の都市計画により、火災の延焼を防ぐために町の各所に広小路や火除地と呼ばれる空き地が設置された。

こうした広場を江戸の庶民はたまり場として活用し、人が集まった。

人が集まれば商売ができる。

そこに露天商としての屋台が生まれていったのである。


こうした屋台商売は瞬く間に流行し、江戸の町には屋台があふれていたと言われる。

幕末の1860年の江戸には、蕎麦屋が3760店以上もあったと言われる。

2014年時点の東京23区の「そば・うどん店」数は3785店で、ほぼ同等である。

ちなみに、1668年に1杯16文(400円)だった二八蕎麦の値段は、幕末の1865年頃に20文(500円)に値上げされるまで、200年近く値段が変わらなかったそうだ。

銭湯の入浴料も1624年から1843年までの長い間、大人6文のまま据え置きだったという。

江戸時代もまた現代と同じデフレ状態だったと言える。


また、寿司に関して言えば、今でいう庶民のファーストフードとして親しまれていた。

屋台などでさかんに売られるようになり、立ち食いスタイルが定着した。

屋台では木箱に並べられた作り置きの押し寿司が売られていた。

その後、握り寿司が誕生したが、価格は1個4文~8文程度で、今の価格にして100~200円程度。

サイズは今の寿司の4倍くらいの量のシャリを使っており、おにぎり並みの大きさだった。

江戸のソロ男たちは、まるでハンバーガーのように、歩きながらそれを頬張ったようだ。

シャリは赤酢を使っているので赤く、具も、煮た貝やエビ、酢でしめたコハダ、湯引きした漬けマグロ、卵焼きなどの加工品が主で、生のトロなどはそもそもなかった。


時代劇でも登場する居酒屋だが、そもそもの原形は酒を小売する酒屋である。

酒屋で酒を買ったせっかちな江戸っ子たちが、そのまま店先で飲み始めたことから、つまみのサービスが始まり、そこから「酒屋に居たまま飲む」という意味の居酒屋業態が栄えることになった。

その後、居酒屋と飯屋が合体した「縄暖簾」という形態も登場する。

酒と肴だけではなく、煮魚や芋の煮ころがしなど、立派な食事も提供した。

1811年の江戸には1808軒もの居酒屋があったそうだ。


当時長屋に住む独身男たちは、ほとんど自炊はしなかった。

そもそも鍋や調味料などの料理に必要な道具を持っていないことも多かった。

もうひとつ自炊に積極的になれなかった理由は、薪代の高さだ。

一般的な職人の月収を18万円とすると、長屋の家賃は1万3000円程度であったが、薪代及び味噌・塩などの調味料代の合計が、なんと7万3000円。

収入の44%を占めた。


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2015年の国勢調査において、65歳以上の高齢者人口約3280万人に対して、15歳以上独身者人口は約4440万人。

独身者の方が高齢者より1200万人近くも多いという。

総人口に対する独身者率、いわゆる「ソロ率」は、1980年では34%だったが、2015年には41%、そして2040年には47%に達する見込みだ。

人口の約半分が独身の国になる。

ちなみに、2015年では東京都の単身世帯比率は47%に達している。


生涯未婚率とは、50歳時点の平均未婚率を示し、50歳時点で未婚の人は今後も結婚する可能性がないものとして扱うということだ。

その生涯未婚率だが、2015年の国勢調査では男性23.4%、女性14.1%だった。

大正時代は、生涯未婚率は男女とも5%未満だった。


また、ソロ特有の消費行動があるという。

それが「エモ消費」。

エモとは、エモーショナルの略で、「感情消費」ともいい、消費によって感情を得るということ。

消費の目的が、モノを持つことでも体験することでもなく、自分たちの「精神的な安定や充足」にシフトしていったものがエモ消費。

たとえば、クラウドファンディングやオンラインサロンに参加するなど、人とつながって感情をシェアすること。

インスタなど、その瞬間だけ同じ「エモい」を共有できることだという。


ソロエコノミーを知るために…

今一度、江戸時代を知る必要がある。





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