人の心に灯をともす 4767 人格と人間性を高める

【人格と人間性を高める】4767



鍵山秀三郎氏の心に響く言葉より…



孟子は、紀元前五世紀から四世紀にかけて生きた人ですが、孟子は四面という言葉を遺しています。

人間として大切な四つの側面すなわち、「側隠(そくいん)」「羞悪(しゅうあく)」「辞譲(じじょう)」「是非」です。


「側隠」というのは思い遣り。

「羞悪」というのは恥を知る。

「辞護」というのは譲る。


老子も、「終生道を譲るも、百歩を枉(ま)げず」(一生、人に道を譲ってもその合計は百歩にも満たない)という短い言葉で、譲ることの大切さを説いています。

老子は伝説上の人物で、 孔子や孟子のように何年に生まれて何年に死んだということはわかりません。

しかし私は、 老子が説いた言葉の中で、この言葉を本当にそうだなあと思います。

一生人に道を譲ってもその合計は百歩にも満たないという、譲ることの大切さ、それを教えてくれます。


そし て「是非」というのは、善悪の判断ができるということです。

この四つのことを備えていないと、人間とは言わない。

少なくとも、この四つを備えた人が人間であって、特に最初の側隠の情、思いやりのない人は人間とは言えないと断言しています。


その点から言いますと、今の日本は人間とは言えない人間が増えてきていると思います。

人に譲ることができない、我がちに、自分さえよければという人です。


なぜそうなったか については、私はこう思います。


人間には二つの面があります。

能力と人柄、すなわち人格、人間性です。

能力は、簡単 に測定できます。

あるパターンで試験をすると、百人いると、誰が一番で、誰が百番かと順位を付けることはできるし、全国平均のどの位置にあるとか、測定ができるわけです。


これは、一九〇〇年に米国のソーン・ダイクという人が、「存在するものはすべて測定できる」と言い出しました。

何事でも分析して測定するという学問がどんどん進歩していき、結局、学校ではそれが主流になってしまいました。

能力だけを高めることに主眼が置かれ、 記憶力、演算能力、理解力、読解力だとか、そういう方面だけを高めてきました。


一方、人柄とか人間性とか人格というのは、測定の方法がないですからおろそかにされてしまって、結果的に、能力だけが残ってしまったのです。

それでは、能力だけあればいいのかといいますと、それはとんでもなく恐ろしいことです。


なぜかというと、人間の 体を自動車になぞらえると、能力というのはボディであり、エンジンです。

しかし、エンジンとボディがあれば車は走るのかというと、そうではなくて、やはりハ ンドルとブレーキが必要です。

制御するものがなければ乗れません。

それは凶器になって しまいます。

性能が高いほど凶器になります。

人間もエンジンとボディのような能力だけ、すなわち知識があるとか権力があるとか財力があるとか、そういう能力だけ高く持ち、一方、自らを制御するハンドルとブレーキに相当する人柄がついていかないと、人間も凶器になります。


今、日本の国は、残念ながら、能力だけ高まって、人間性がついてこない人がどんどん増えてきている。

つまり、凶器ともいえる人たちが増えてきている。

こういう人たちが、 実に世の中を悪くしていると思います。


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舩井幸雄氏は「惻隠の情」について、こう書いている。


『西郷隆盛のその人格をしのばせる話が「西郷南洲遺訓」の中にある。

これは西郷自身が書いたのではなく、この言行録を書き残したのは、実は当時の庄内藩士たちである。


話は官軍と幕府軍が戦った奥羽戦争の頃にさかのぼる。

この戦いで、庄内藩は西郷の官軍に敗れた。

やがて、藩主自ら降伏を告げに西郷の軍本営に足を運んできた。

西郷はその藩主を迎えてうやうやしく礼を尽くし、平伏した後に藩主に対応したのである。

一見すると、どちらが戦勝側かわからないくらいだ。

それで西郷側に随行していた高島鞆之助(とものすけ・後に中将、子爵)は、思わず不平をもらした。

「先生、ただ今の応対はあまりではないですか、まるでこちらが降伏したようではありませんか」

すると、西郷は高島にこう答えた。

「あれでいい。相手は戦に負けて非常な恐れを抱いている。それなのに、なおこちらが尊大に構えては、藩主としても言うべきことも言えなくなるだろう」

弱い者、形勢不利にある者への深いいたわりの心である。

すでに白旗を掲げ、傷ついている者の傷口に塩をすりこむような無意味ないたぶりはやめよ、という思いやりの気遣いである。

翌日には、西郷は供も連れずに敵地を一人で巡視して歩いた。

まだまだ降伏に不満な藩士は大勢いたはずである。

その豪胆さに庄内の人々は驚いたが、それは単に豪胆というだけではなく、敵に対する人間的信頼感に裏打ちされた人徳と言うべきものだろう。

そればかりではない。

その後藩主が城を明け渡して出るときには、薩摩兵の宿舎の窓を閉めさせ、また宿舎の外にいる薩摩兵たちには、すべて後ろを向かせて敗軍の将である藩主の姿を見ないように命じたという。

敗軍の将に対する徹底した配慮を示したのである。

こうした西郷の深い心に触れて、庄内藩士たちはいたく感激した。

そして、彼らもまたその恩義をいつまでも忘れなかった。

その後、明治に入ってまだ西郷が中央政治に顔を出さない頃、藩士たちは西郷の人徳を慕って次々に鹿児島に西郷を訪ねた。

西郷と生活をともにし、その人格に触れ、学ぼうとした。

そのときに西郷が折々口にしたことを書き記したのが『西郷南洲遺訓』だったのである。』(「清富」の思想/三笠書房)より


まさに、今の日本人に一番欠けているのがこの「惻隠の情」かもしれない。

本来、武道は、相手に勝ったとき、ガッツポーズをしたり、飛び上がったり、喜びのあまり満面の笑顔になる、という態度を戒める。

負けた相手の気持ちを思いやれ、ということだ。

特に、剣道では一本を取った時に、ガッツポーズなどをしたらその一本は取り消しになってしまう。

しかし、昨今のスポーツ柔道ではそれが崩れているのが何とも無念で仕方がない。


「惻隠の情」だけでなく、「羞悪」「辞譲」「是非」の四面によって己の魂を磨き…

少しでも、人格と人間性を高めたい。





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