人の心に灯をともす 4792 働き方のくふう

【働き方のくふう】4792



松下幸之助氏の心に響く言葉より…



額に汗して働く姿は尊い。

だがいつまでも額に汗して働くのは知恵のない話である。

それは東海道を、汽車にも乗らず、やはり昔と同じようにテクテク歩いている姿に等しい。


東海道五十三次も徒歩から駕籠へ、駕籠から汽車へ、そして汽車から飛行機へと、日を追って進みつつある。

それは、日とともに、人の額の汗が少なくなる姿である。

そしてそこに、人間生活の進歩の跡が見られるのではあるまいか。


人より一時間、よけいに働くことは尊い。

努力である。

勤勉である。

だが、今までよりも一時間少なく働いて、今まで以上の成果をあげることも、また尊い。

そこに人間の働き方の進歩があるのではなかろうか。


それは創意がなくてはできない。

くふうがなくてはできない。

働くことは尊いが、その働きにくふうがほしいのである。

創意がほしいのである。

額に汗することを称えるのもいいが、額に汗のない涼しい姿も称えるべきであろう。


怠けろというのではない。

楽をするくふうをしろというのである。

楽々と働いて、なおすばらしい成果があげられる働き方を、おたがいにもっとくふうしたいというのである。

そこから社会の繁栄も生まれてくるであろう。


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本書の中に「学ぶ心」という心に響く一文があった。


『自分ひとりの頭で考え、自分ひとりの知恵で生みだしたと思っていても、本当はすべてこれ他から教わったものである。

教わらずして、学ばずして、人は何一つ考えられるものではない。

幼児は親から、生徒は先生から、後輩は先輩から。

そうした今までの 数多くの学びの上に立ってこその自分の考えなのである。

自分の知恵なのである。

だから、よき考え、よき知恵を生み出す人は、同時にまた必ずよき学びの人であるといえよう。

学ぶ心さえあれば、万物すべてこれわが師である。

語らぬ木石、流れる雲、無心の幼児、先輩のきびしい叱責、後輩の純情な忠言、つまりはこの広い宇宙、この人間の長い歴史、どんなに小さいことにでも、どんなに古いことにでも、宇宙の摂理、自然の理法がひそかに脈づいているのである。

そしてまた、人間の尊い知恵と体験がにじんでいるのである。

これらのすべてに学びたい。

どんなことからも、どんな人からも、謙虚に素直に学びたい。

すべてに学ぶ心があって、はじめて新しい知恵も生まれてくる。

よき知恵も生まれてくる。

学ぶ心が繁栄へのまず 第一歩なのである。』


働き方をくふうし、改善し、アイデアを出すには、日頃の「学び」が必要だ。

謙虚な姿勢で学ぶことで、新たな発想が生まれる。

そして、それが生涯現役につながる。


どんなに年を重ねようと、学び続ける人には、まわりからオファーがあるが、学びを止めた人には声がかからない。

進歩がないからだ。

世の中の変化は一瞬たりとも止まることはない。

だからこそ、学び続けることが必要だ。


楽々と働いて成果をあげるため…

学び続ける人でありたい。






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