人の心に灯をともす 4799 先ず隗(かい)より始めよ

【先ず隗(かい)より始めよ】4799



山口謠司(ようじ)氏の心に響く言葉より…



燕(えん)の国を立派なものにしたいと願う王に招かれた郭隗(かくかい)という賢者が、次のような話をした。

「むかし、千金のお金を出してでも、一日に千里を走る馬を手に入れようと考えた君主がありました。

ところが、三年経っても、そんな名馬は見つかりません。


ところが、小間使いをしている男が、『私が買って参りましょう』と言ったのです。

君主は、彼を買いにやらせます。

すると三ヵ月歩き回った頃に、彼は千里の馬を見つけました。


しかし、残念ながらその馬は死んでいたのです。

男は、しかたなく五百金を出して馬の死体を買うと、それをもって君主のところへ戻りました。

君主は、男を叱って言います。

『私が欲しいのは生きた馬だ。死んだ馬をこんな高いお金で買って来るとは何事だ!』


男は答えました。

『君主様、私を叱るのはかまいませんが、黙って見ていてください。

そのうち、千里の馬が何頭も手に入ることになりますから。

いま世の中は、君主様が求める名馬のことでもちきりです。

死んだとはいえ、名馬とあれば、五百金を出しても買う君主のことだ。

名馬の価値がわかる君主は、生きた馬なら、千金を出して買ってくれるに違いない、と』


それから一年もしないうちに、君主のところには、名馬が三頭もやって来たのです」



郭隗はこの話を終えると、燕の王に言った。

「まず、私、隗(かい)をお召しになるところから始めたらいかがでしょうか」

郭隗は、自分を「死んだ名馬」にたとえたのである。

すると、名馬を求めた君主の話同様、数年もせずして、燕には賢者と呼ばれる人が全国から集まり、国は大いに栄えたのである。


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「先ず隗(かい)より始めよ」の意味は、現代とは多少解釈が違う。

現代では、大事をなすには、まず手近なところから始めよ、ということ。

それが、転じて、人に言ってばかりいるのではなく、言い出したものが自分から始めよ、という意味にもなっている。


いわゆる「率先垂範」ということだ。

経営者やリーダーが、自ら範(はん)をしめすということ。

口先だけでは人はついてこない。

人は、その人の行動を見ているからだ。


率先垂範の人でありたい。





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