人の心に灯をともす 4846 一隅を照らす人(元旦によせて)

【一隅を照らす人(元旦によせて)】4846



小林正観さんの心に響く言葉より…


「しあわせ」の語源は「為(な)し合(あ)わせ」です。

お互いにしてあげることが、「幸せ」の本質なのです。


努力をして、頑張って、必死になって、自分の力だけを頼りに生きていこうとする人のもとには、人は集まりません。

「孤独という状態」が続いてしまいます。


一方で、「自分の力なんてないんだ」と思っている人は、まわりに支えられて生きていることがわかっているので、「謙虚」です。

「謙虚」とは「感謝」すること。

「感謝をする人(「ありがとう」を言う人)」のもとにはたくさんの人が集まってきて、「よき仲間」に囲まれます。

教え合い、学び合い、交歓し合う「よき仲間」に囲まれたなら、それだけで「天国度100パーセント」。


頑張りも努力もいりません。

ただ、「喜ばれること」を続けていけばいいのです。

「思いを持たず」、よき仲間からの「頼まれごと」を淡々とやって、どんな問題が起こっても、すべてに「ありがとう」と感謝する(受け入れる)こと。


「そ・わ・かの法則(掃除・笑い・感謝)を生活の中で実践することであり、「ありがとう」を口に出して言い、逆に、「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を言わないこと。

すると、神様が味方をしてくれて、すべての問題も出来事も、幸せに感じて「よき仲間に囲まれる」ことになり、「喜ばれる存在」になる。

これこそが「人生の目的」であり、「幸せの本質」なのです。


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小林正観さんは「よき仲間に囲まれている状態」を「天国度100パーセント」と言っている。

よき仲間とは、次のような人のこと。

●「自分の喜びを一緒に喜んでくれる人」

●「『あなたはあなたのままでいい』と言ってくれる人」

●「同じ方向を向いて、同じ価値観で生きている人」

●「同じ話題を、同じように笑顔で話せる人」

●「喜ばれるように生きている人」

●「不平不満を口にせず、常に感謝をしている人(「ありがとう」を言っている人)」


そして、小林正観さんは「頼まれごとの人生」で生きると、楽に生きられるという。



頼まれごとは二つある。

一つは人からの「頼まれごと」。

もう一つは神さまからの「頼まれごと」。


神さまからの「頼まれごと」とは、「すまないが、あなたはこの役をやってほしい」と頼まれること。

人生は、神さまのつくったシナリオ通りに動いている演劇のようなもの。

ある人は、「会社の社長」や「お金持ち」の役で、またある人は、「サラリーマン」や、「芸術家」、はたまた、「病人」、「貧乏」、という役だったりする。

その役という、神さまからの頼まれごとを通じて、愚痴や不平不満を言わず、人生を立派に演じ切る。

目の前の一瞬一瞬を懸命に生き、人に喜んでもらう。

それを「一隅を照らす」という。



伊與田覺氏は「一隅を照らす」についてこう語っている。


「古人曰く、径寸(けいすん)十枚、これ国宝に非ず。一隅を照らす、これ則(すなわ)ち国宝なり、と」

と、伝教大師(最澄)はおしゃっている。

直径一寸もあるような珠十枚が国宝なのではなく、世の一隅に光を与え照らすものが国宝である、と。


まわりの人に感謝をし、よき仲間に囲まれる「喜ばれる存在」になること。

「喜ばれる存在」とは、一隅を照らす人。



「一隅を照らすもので私はありたい

私の受け持つ一隅が

どんなに小さいみじめな

はかないものであっても

悪びれず

ひるまず

いつもほのかに

照らして行きたい」

住友電工中興の英主(えいしゅ)と称えられた田中良雄氏の言葉だ。


以上、(人生を導く先哲の言葉/伊與田覺)より




「一年の計は元旦にあり」という。

今年こそ、「為(な)し合(あ)わせ」に徹し、「喜ばれる存在になること」を胸に刻み…


一隅を照らす人でありたい。






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