人の心に灯をともす 4848 わが魂を磨く

【わが魂を磨く】4848



新井正明氏の心に響く言葉より


若い頃、非常に深い感銘を受け たのが、洪自誠(こうじせい)の『菜根譚』でした。

洪自誠は儒学のみならず、老荘、仏教にも通じた哲人で、処世の道だけではなく、文雅(ぶんが)風流まで幅広く説いています。


「耳(じ)中、常に耳に逆らうの言を聞き、心中、常に心に払(もと)るの事あれば、わずかにこれ徳に進み行を修むるの砥石なり。

もし、言々(げんげん)耳を 悦ばし、事々心に快(こころよ)ければ、すなわちこの生を把(と)って鴆毒(ちんどく)の中に埋在せん」


これについて、魚返(おがえり)善雄先生は、次のように訳しています。

「耳には耳の痛いことばかり、胸には無念なことばかり、それがわが玉を磨く石となる。

おだてられたり、いいことばかりでは、われとわが身に毒を盛るようなものだ」


この一文を読んだ時、少しオーバーに聞こえるかもしれませんが、 かつ然と悟るものがありました。

ああ、これだな、毎日毎日いやなことばかりあるが、これは砥石で砥かれているようなものなんだな、と思ったものです。

以来、五十七年、この言葉は私の人生を支えてくれています。


『先哲の言葉』致知出版社
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本書の中に下記のような心に響く言葉があった。


《玉塚かざれば器を成さず》(礼記)


玉琢(たまみが)かざれば、 器を成さず、 人学ばざれば 道を知らず。

嘉肴(かこう)ありと雖(いえど)も、 食わざれば其の旨きを知らず。

至道(しどう)ありと雖も、 学ばざれば其の善(よ)きを知らず。

学びて然(しか)る後に足らざるを知り、 教えて然る後に困(くる)しむを知る。

足らざるを知りて然る後に自ら反(かえり)みる。

困しむを知りて然る後に能(よ)く自ら強む。



元京都大学総長の平澤先生の言葉に、 「八十になっても、九十になっても人間の成長はこれからである」 というのがあります。

「年をとり、いくつになっても成長してゆく人の顔には嫌味があり ません」ともいわれています。

事実、先生は、数え年九十歳でお亡くなりになるまで、その言葉通りの人生を歩まれた方です。


いくら美しい玉があっても、琢(みが)かなければ立派な器はできない。

同じように、人も学ばなければ立派な道を知ることはできない。

次の句の嘉肴(かこう)とは「嘉(よ)き肴(さかな)」、おいしいご馳走のこと、至道とは立派な道徳のことです。

最後の句は、人は学ぶことによりはじめて不足している点がわかり、一方、人に教えてみてはじめて自分の知識の不足について苦しさがわかってくる。

不足を知って反省し、苦しみがわかって、また学ぼうと努力する、という意味です。

(以上、本書より引用)


森信三先生は、「人はこの世に生まれ落ちた瞬間、全員が天から封書をもらって生まれてくる」という。

「その封書を開いたら、あなたはこういう生き方をしなさい、と書いてある。

しかし、せっかく天からもらった封書を一回も開かないままで死んでいく人が多い」

以上、(小さな人生論)より


天からの封書とは「使命」のことだ。

「使命」とは「使われる命」のことで、天から使われるということ。

それは、「人の役に立つように」、「人に喜んでもらうように」、と天からのメッセージでありオーダーだ。


使命を達成するためには、己の魂を磨かなければならない。

それは、人格と人間性という人柄を高めることである。


我が魂を磨き、少しでも人格と人間性を高めたい。





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