人の心に灯をともす 5217 謙虚にならざるを得ない

【謙虚にならざるを得ない】5217



小林正観さんの心に響く言葉より…


菩提樹(ぼだいじゅ)の下で瞑想に入ったお釈迦さまは、12月8日の朝、日の出の時、その日の光を浴びて「わかった、私は悟った」と叫んだそうです。

それから、釈迦は、かつて一緒に修行をしていた5人の仲間に会いに数km離れた竹林へ向かいました。

この修行仲間たちは「苦行を捨てた釈迦は、堕落した」と言って去っていった人たちだったんですが、釈迦は彼らに開口一番「私は悟った」と言ったんです。

するとその5人は、釈迦のことを堕落してどうしようもない奴だと軽蔑して去っていった人たちですから「どうしたんだい、ゴータマ君」って“君”づけで呼びました。


「実は、こういうことを悟ったんだ」と釈迦が数分話をしたら、その5人は、居住まいを正して「今、この瞬間からあなたを師匠として、私たちは弟子として、これからあなたに一生ついていきます」と言った。

では、その数分間の話とは一体何なのか。


それが釈迦の最初の悟りと言われているもので”縁起の法則”というものなんです。

「縁(よ)りて起こる」。

縁起の法則というのは「人は自分の人生を自分の想いでつくれると思っているがゆえ に、悩み苦しむ。

人生は自分の想いでできあがっているのではなくて、自分たちの想い以外の神仏や周りの人々のお陰で全部が成り立っている」と釈迦は言った。

釈迦はそれに気がついた。

私の人生をつくってるのは私じゃない。

人は、自分の人生には1%も関わってない。

0%だ。


では、私以外の神仏、友人、知人、家族というものが私の人生を成り立たせてくださっているとしたら、私の想いで私の人生をつくってるんじゃないとしたら、私にできることは、私の人生を成り立たせてくださってる神、仏、友人、知人、家族に対して、ただひたすら感謝をするしかない、ということになります。

そこにしか自分の人生に参加する方法がないということなんです。

自分の想いで自分の人生をつくっている人はいない。

自分の想い以外の大きな力によって人生が成り立っている。


例えば、コップに水が入っていて、これを私が飲もうとする。

自分の意志でこの水を飲もうとしているけれども、私がこの水を飲むことについて私が関わっているのかどうかという話をしますと、このガラスコップを作ってくれる人がいなければ、ここまで水を持って来ることはできませんよね。

今、この状態で置いておくことができない。

両手でずーっと持っていなくちゃいけない。

両手で持っていれば、水はどんどんこぼれていって、飲めないですよね。

だから、ガラスコップのお陰で水が飲める。


ガラスコップというのは砂から珪砂(けいさ)というものをとってきて、ガラスを作るわけですから、コップになる前の段階でガラスになる材質をとってきてくださった方がいるわけです。

そのガラスコップがテーブルに載ってるということは、テーブルを作った人がいるんです。

テーブルは床の上に載っかってます。

床は大工さんが造ったんですよね。

その大工さんに家を頼んだのは建物の持ち主なんですよね。

それに関わったすべての人がいなければ、このコップの水は存在しないから、飲むことはできない、ということになりますね。


で、何よりも一番肝心なのは、この水そのものが私たちにはつくれないんですよ。

水が空から落ちてきて、それを飲むことで人は生命を維持することができている。

「私が自分の命を維持してるんだ」と私がどんなに頑張って主張しても、この水さえもつくることができないのです。

この水が上から落ちてきて初めて、私たちは飲むことができて、生きていられるのだから。

私の想いとか私の能力とかが、この水に関して何か参加していますか。

そういうことを考えていったら「私の人生に、私はどこにも参加していない」と確かに言えるんですね。

そう考えると謙虚にならざるを得ないでしょう。


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小林正観さんは「感謝の効用」についてこう語っています。


『 "私"を"私"たらしめてくださっている存在物――神、仏、守護霊さま――この目に見 えない3者と、私をとり囲んでいる人間関係――友人、知人、家族―――この6者によって私の人生は成り立っている。

そうすると、私が自分の人生に参加できるのは、その6者に「私をいつも、なんとかしてくださって、ありがとうございます」と、ただひたすら感謝する......。

それしか参加できないでしょう。

人の協力がなければ、何事も成り立っていかないんです。

で、現実問題として、周囲をとり巻くすべてのものに対して「ありがとう」って言える 「私」になったら、例えば、営業成績とか収入とかの三次元的な数字がどんどん上がっていくという事実があるようです。

だって、常に応援してくれている味方たちに感謝の言葉を投げかけているんですから、その方たちだって、さらにやる気になって応援してくれますよね。

自分ひとりで頑張ってるときとは全然違うようになります。

〈縁起の法則〉が、本当かどうかわからなくても、これには、ものすごいプラス効果があるみたいですね。

私たちが感謝すればするほど、周りの人たちは、もり立ててくれるから、実際にとても楽に生きられるようになりますし、これまで以上に、支えてくれることは事実のようです。』



「縁起の法則」とは、この世のあらゆる物事はそれだけで存在することはない、ということ。

花は種がなければ咲くことはできない。

しかし同時に、土や、水や、適度な温度や、日光、などいろいろな条件がうまく重ならなければ咲くことはできない。

すべての物事は因果関係で成り立っているということ。


多くの人は、うまく行ったときなど、自分の努力の成果が表れた、と普通に思う。

例えば、勉強を一生懸命して、自分の希望する高校や大学に入ったとする。

それは、すべて自分の努力の結果があらわれた、と思ってしまうような場合だ。

確かに勉強は本人がしたかもしれない。

しかし、その勉強を支えてくれた家族や先生がいて、友人もいる。

あるいは、そういう勉強する場所も、ある程度の経済力も必要だ。

だからこそ、自分の努力だけでうまく行ったと思う人は「傲慢」だということだ。

すべてはまわりのおかげ、という「おかげさま」の心がない人は謙虚さがないということ。


我々は…

「謙虚にならざるを得ない」という言葉を胸に刻みたい。





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