人の心に灯をともす 5873 生き方を変えなさい
【生き方を変えなさい】5873
船戸クリニック院長、船戸崇史(たかし)氏の心に響く言葉より…
医師になりたいと思ったのも、「命」と関わりたかったからであり、消化器外科を専攻したのも、ブラックジャックのようにメスで「命を救う」という姿に憧れたからでした。
そして消化器外科医となったことで、私はその後のライフワークとなる「がん治療」へと足を踏み入れることになったのです。
当初、「いかにきれいにこの敵(がん)を除去できるか」と私の眼は常に「がん腫(しゅ)」に向いていました。
「がんが悪の権化。これさえなくなれば救われる!」この思いは、手術手技を学ぶ意欲を駆り立てました。
ところが、どれだけ技術を磨ききれいに切り取れたとしても、再発する人は必ずおられるのです。
なぜ?どうして?
やがて私は気がつきました。
がんになるには原因がある。
メスでがんは切れてもがんの原因までは切り取れない。
それではがんを治したことにはならない。
私は本当に治しているのだろうか?
悶々とした気持ちで、しかしメスを握っていたのです。 そして私はメスを捨てる決心をしたのです。
外科医になって11年が経っていました。
35歳でした。
こうして岐阜養老で在宅医療を志し、開業したのです。
開業時の理念は、「自分の家で、自分らしく生き、自分らしく死んでいけることをサポートする医療」でした。
それ以来すでに30年近くが経ちました。
紆余曲折はありましたが、この間2000名を超える命を看取らせていただきました。
そして、在宅診療に必要なスキルは、医学的知識と技術は当然ながら、それ以上に人間力であることを学ばせていただきました。
また人間力とは、「知識技術」と「共感力」と「胆力」の総和であることも教えてもらいました。
このようにがん診療に携わり、私はがんは敵ではない。
それどころか「生き方を変えなさい」とだけしか言っていないことを知りました。
『「死」が教えてくれた幸せの本質』ユサブル
https://q.bmd.jp/91/119/4183/__no__
船戸氏は「死」についてこう述べている。
『私が開業後に在宅医療を通して教えてもらった大事なことは、「最期、人は死ぬ」です。
今まで死ななかった人はいませんから。
死は100%だから、死ぬことは考えなくて良い。
生きることだけを考える。
選択があるなら、生きるか死ぬかではなく、どう生きるかという選択をする、ということです。
そして、大事なことは「死を覚悟することは終わりではない」ということです。
「死と直面したほうが人生は深まる」からです。』
《生まれては 死ぬるなりけり おしなべて 釈迦も達磨も 猫も杓子(しゃくし)も》
まさに、一休宗純禅師の言葉の通りだ。
「やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声」(松尾芭蕉)
蝉(せみ)は、7年の間幼虫として地中にいる。
そして、蝉となって地上に出てからの命はわずか一週間たらずだという。
しかし、やがて死ぬのだという気配もみせずに、一生懸命に鳴く。
誰もかれもが死に向かって進んでいる。
我々は、だからこそ、この今、この瞬間を一所懸命に生きるしかない。
それは、生真面目に、厳しく、堅苦しく、緊張して、ではなく・・・
面白おかしく、楽しく、ゆるく、笑って。
「生き方を変えなさい」という言葉を胸に刻みたい。
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医師になりたいと思ったのも、「命」と関わりたかったからであり、消化器外科を専攻したのも、ブラックジャックのようにメスで「命を救う」という姿に憧れたからでした。
そして消化器外科医となったことで、私はその後のライフワークとなる「がん治療」へと足を踏み入れることになったのです。
当初、「いかにきれいにこの敵(がん)を除去できるか」と私の眼は常に「がん腫(しゅ)」に向いていました。
「がんが悪の権化。これさえなくなれば救われる!」この思いは、手術手技を学ぶ意欲を駆り立てました。
ところが、どれだけ技術を磨ききれいに切り取れたとしても、再発する人は必ずおられるのです。
なぜ?どうして?
やがて私は気がつきました。
がんになるには原因がある。
メスでがんは切れてもがんの原因までは切り取れない。
それではがんを治したことにはならない。
私は本当に治しているのだろうか?
悶々とした気持ちで、しかしメスを握っていたのです。 そして私はメスを捨てる決心をしたのです。
外科医になって11年が経っていました。
35歳でした。
こうして岐阜養老で在宅医療を志し、開業したのです。
開業時の理念は、「自分の家で、自分らしく生き、自分らしく死んでいけることをサポートする医療」でした。
それ以来すでに30年近くが経ちました。
紆余曲折はありましたが、この間2000名を超える命を看取らせていただきました。
そして、在宅診療に必要なスキルは、医学的知識と技術は当然ながら、それ以上に人間力であることを学ばせていただきました。
また人間力とは、「知識技術」と「共感力」と「胆力」の総和であることも教えてもらいました。
このようにがん診療に携わり、私はがんは敵ではない。
それどころか「生き方を変えなさい」とだけしか言っていないことを知りました。
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船戸氏は「死」についてこう述べている。
『私が開業後に在宅医療を通して教えてもらった大事なことは、「最期、人は死ぬ」です。
今まで死ななかった人はいませんから。
死は100%だから、死ぬことは考えなくて良い。
生きることだけを考える。
選択があるなら、生きるか死ぬかではなく、どう生きるかという選択をする、ということです。
そして、大事なことは「死を覚悟することは終わりではない」ということです。
「死と直面したほうが人生は深まる」からです。』
《生まれては 死ぬるなりけり おしなべて 釈迦も達磨も 猫も杓子(しゃくし)も》
まさに、一休宗純禅師の言葉の通りだ。
「やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声」(松尾芭蕉)
蝉(せみ)は、7年の間幼虫として地中にいる。
そして、蝉となって地上に出てからの命はわずか一週間たらずだという。
しかし、やがて死ぬのだという気配もみせずに、一生懸命に鳴く。
誰もかれもが死に向かって進んでいる。
我々は、だからこそ、この今、この瞬間を一所懸命に生きるしかない。
それは、生真面目に、厳しく、堅苦しく、緊張して、ではなく・・・
面白おかしく、楽しく、ゆるく、笑って。
「生き方を変えなさい」という言葉を胸に刻みたい。
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