人の心に灯をともす 5433 徳のある人

【徳のある人】5433



齋藤孝氏の心に響く言葉より…


よく人生の深みをワインにたとえたり、ウィスキーの熟成ものにたとえたりしますが、50歳とは、大人になった20歳のころから30年近い醸成期間を経たということです。

その深みが出る年齢になった。

つまり、しっかりとしたエイジングができたということなのです。


人生の経験値によって、物事の本質が見通せる、長年かけて積み上げてきた知恵を「叡知」といいます。

しかし、歳をとればみんなが等しく叡知を獲得できるわけではありません。

人によって差があります。


豊かで味わい深いことにどこまで気づけるようになるか、自分の経験したことを身に刻んで、たしかに醸成させる生き方ができているか。

叡知のありようが、人生の後半の充実度を決めると私は思います。

叡知を身につけるには、つねにいろいろなものを吸収しよう、学びつづけようという向上心を持ちつづけていることも大事ですが、人格的なしなやかさ、柔軟性のようなものも必要だと思います。



そして、人生後半で何を目指せばよいのか。

私は「心の成熟を目指す」と答えたいと思います。

一生をかけて、心の成熟を図り、人間性を練り上げていく。


孔子の教えで言うならば、これは「徳のある人間になることを目指す」「君子を目指す」ということになります。

孔子は、徳とは一生磨きつづけるものとしています。

「ここまで来たら、もういいだろう」というゴールがないのです。

つまり、何をしていても、どういう状態でも、生きている限りつねに自分を磨きつづける心のエネルギーを持っているということです。


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医学博士の海原純子氏は「若さ」についてこう語っている。


『いつまでも若さという旬を追い求めることにエネルギーを使っていると、こうした「年をとってから旬をむかえる」はずの能力に磨きをかけるエネルギーをなくしてしまう。

体力や美しさが減少しても、別の旬を持てる大人は輝いていられる。

そんな大人が少ない。

若いころにはとてもこんなふうにできなかったなあ、と思えることを人生のなかに作っていくのが大人の幸せである。』(大人の生き方 大人の死に方/毎日新聞)より



我々はとかく、外見的な若さに価値を置きすぎる。

現代は、幼稚であっても、若ければいいという風潮がある。


江戸時代の末期、橋本佐内が15歳の時に書いた「啓発録」の中で、「稚心(ちしん)を去る」といっている。

幼稚な気持ち、子供っぽい甘えた心(おさなごころ)、を捨て去るということ。


成熟した本当の大人とは、心の成熟した人のこと。

心が成熟すれば、外へ自然とにじみ出る。

それが、徳のある人。


生きている限り、自分を磨き続けることによって「徳」は生まれる。

徳のある人を目指したい。






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