人の心に灯をともす 5540 南無地獄大菩薩
【南無地獄大菩薩】5540
藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…
強く心に残っている話がある。
ずいぶん昔に禅の高僧、松原泰道師から伺った話である。
A氏とB氏は二十年来の俳句仲間である。
共に経営者だが、経営の話などしたことはない。
ところが、B氏が事業に失敗する。
再建に奔走するが万策尽き、やむなくB氏はA氏に援助をお願いした。
黙って話を聞いたA氏は「私にとっては大金なので即答しかねる。
明朝九時に拙宅(せったく)にお出でいただきたい」と答えた。
翌朝、約束の時間にB氏はA氏を訪ねる。
通されたのは茶室だった。
だが、A氏はなかなか現れない。
茶室の床の間に一幅の軸が掛けられていた。
書かれているのは筆太の文字で「南無地獄大菩薩(なむじごくだいぼさつ)」。
もし願いが叶わなければ破産、自殺するしかないいまの自分を迎えるのに、こんな軸を掛けるとはどういうつもりか、とB氏は苦味(にがみ)を飲み下すように思いながらA氏を待った。
だが、それでもA氏は姿を現さない。
やむなくB氏は床の間の「南無地獄大菩薩」を見つめていた。
すると、その文字がじんわりと心に沁みてくるような思いにとらわれた。
いままでの自分は地獄から逃げよう、逃れようとばかりしていた。
だが、自分が直面している現実からは絶対に逃れられない。
ならば思い切ってこの地獄に飛び込み、死んだ気になってやってみよう、という思いが湧き上がり、次第にそこに固まっていった。
決意が定まると、心の中に一条の光が射し込むような気がした。
その時、A氏が現れた。
待たせた詫びを言い、一服の茶をすすめる。
飲み終えてB氏が礼を言うと、A氏が質問した。
「この軸は白隠の書いたものだが、何かを感じさせましたか」。
B氏は答えた。
「この文字が私に初めて、人の嫌う地獄を大菩薩と素直に受け入れる気持ちになれ、ということを考えさせてくれました」
「破産の痛手に自決を覚悟していた私には、この軸は天来の教示(きょうじ)です。 すぐにおいとまして、地獄の底破りに努力いたします」
この話の出典は柴山全慶(ぜんけい)老師の『越後獅子禅話(えちごじし)』である。
一語(いちご)よく人を生かした典型のような話である。
言葉は偉大な力を持っているが、同時にその言葉を受け取る側の力量も問われる。
真実の言葉を受け取り、受け入れるだけの人間的器量を養っておきたいものである。
『小さな幸福論』致知出版社
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行徳哲男師の「感奮語録/致知出版社」にこんな話があった。
『「大事到来、いかにしてこれを避くべくや」という禅の公案がある。
「酷暑到来、酷寒到来、いかにしてこれを避くべきや」。
その答えは「夏炉冬扇(かろとうせん)」。
そんなに暑かったら囲炉裏にあたっておけ、そんなに寒かったら扇をつかっておけ。
暑いときには暑さの中へ入れ、寒いときには寒さの中へ入れ、そしてそれを突き抜けろ、ということである。』
絶体絶命の大事と出合ったら、逃げずにそこに入り込み、浸りきることが唯一の解決策だというのである。
逃げれば、不運が追いかけてくる。
地獄に行ったら、とことん地獄に浸りきる。
「これより他に道はなし」、という気持ちになることだ。
寝食を忘れて、懸命に目の前の一事に打ち込めば、運命は必ず好転する。
「南無地獄大菩薩」という言葉を胸に刻みたい。
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藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…
強く心に残っている話がある。
ずいぶん昔に禅の高僧、松原泰道師から伺った話である。
A氏とB氏は二十年来の俳句仲間である。
共に経営者だが、経営の話などしたことはない。
ところが、B氏が事業に失敗する。
再建に奔走するが万策尽き、やむなくB氏はA氏に援助をお願いした。
黙って話を聞いたA氏は「私にとっては大金なので即答しかねる。
明朝九時に拙宅(せったく)にお出でいただきたい」と答えた。
翌朝、約束の時間にB氏はA氏を訪ねる。
通されたのは茶室だった。
だが、A氏はなかなか現れない。
茶室の床の間に一幅の軸が掛けられていた。
書かれているのは筆太の文字で「南無地獄大菩薩(なむじごくだいぼさつ)」。
もし願いが叶わなければ破産、自殺するしかないいまの自分を迎えるのに、こんな軸を掛けるとはどういうつもりか、とB氏は苦味(にがみ)を飲み下すように思いながらA氏を待った。
だが、それでもA氏は姿を現さない。
やむなくB氏は床の間の「南無地獄大菩薩」を見つめていた。
すると、その文字がじんわりと心に沁みてくるような思いにとらわれた。
いままでの自分は地獄から逃げよう、逃れようとばかりしていた。
だが、自分が直面している現実からは絶対に逃れられない。
ならば思い切ってこの地獄に飛び込み、死んだ気になってやってみよう、という思いが湧き上がり、次第にそこに固まっていった。
決意が定まると、心の中に一条の光が射し込むような気がした。
その時、A氏が現れた。
待たせた詫びを言い、一服の茶をすすめる。
飲み終えてB氏が礼を言うと、A氏が質問した。
「この軸は白隠の書いたものだが、何かを感じさせましたか」。
B氏は答えた。
「この文字が私に初めて、人の嫌う地獄を大菩薩と素直に受け入れる気持ちになれ、ということを考えさせてくれました」
「破産の痛手に自決を覚悟していた私には、この軸は天来の教示(きょうじ)です。 すぐにおいとまして、地獄の底破りに努力いたします」
この話の出典は柴山全慶(ぜんけい)老師の『越後獅子禅話(えちごじし)』である。
一語(いちご)よく人を生かした典型のような話である。
言葉は偉大な力を持っているが、同時にその言葉を受け取る側の力量も問われる。
真実の言葉を受け取り、受け入れるだけの人間的器量を養っておきたいものである。
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『「大事到来、いかにしてこれを避くべくや」という禅の公案がある。
「酷暑到来、酷寒到来、いかにしてこれを避くべきや」。
その答えは「夏炉冬扇(かろとうせん)」。
そんなに暑かったら囲炉裏にあたっておけ、そんなに寒かったら扇をつかっておけ。
暑いときには暑さの中へ入れ、寒いときには寒さの中へ入れ、そしてそれを突き抜けろ、ということである。』
絶体絶命の大事と出合ったら、逃げずにそこに入り込み、浸りきることが唯一の解決策だというのである。
逃げれば、不運が追いかけてくる。
地獄に行ったら、とことん地獄に浸りきる。
「これより他に道はなし」、という気持ちになることだ。
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